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 怪我の功名

「この泥棒猫!!!」

乾いた音と共に、左の頬がじんわり熱くなる。

目を潤ませた女性は私を睨みつけて足早に去っていく。

彼女が言うには私は尻軽女で彼女の男を寝取ったらしかった。

そういえば数日前誰かから付き合ってとかなんとか言われた気もするがあれが彼氏だったのだろうか。

その事ならば丁重にお断り申し上げたし私が叩かれる筋合いは無いと思うのだが。

自分の男が横恋慕したのが許せず八つ当たりとは、とんだとばっちりだ。

第一私が尻軽なんて尾ひれもいいとこだ。
私が好きな男は今も昔もただ一人だというのに。

人気の無い廊下で行われたためにこの茶番劇を誰も見ていなかったのが幸いだ。

少し乱れた襟元を正し、もと来た道を引き返そうとして思わず立ち止まった。

目の前には飽きるほど見た金の髪と青い瞳。

「…もしかして見られてしまいましたか」

「すまない。そんなつもりはなかったんだが。大丈夫か」

小脇に抱えた書類と、純粋な驚きの色をした目は本当に通りがかりだとわかる。

「この書類を君から支部に回して貰いたいと思ってね。探していたんだ」

差し出された書類の束を受け取る。

いくら彼の女と言えど、この人は公私混同するほど野暮ではない。
それが有能たる所以でもあり、少し淋しくもある。

「お見苦しいところをお見せしました」

「いや…念のため後で医務室へ行っておけ」

素っ気ない返事もいつものこと。
付き合った当初は彼の言葉に一喜一憂したものだが、段々と彼の性格というものが理解出来るようになった。

こう見えて心配はしてくれているのだ。

「はい…あ、団長権限で彼女を降格とかしないでくださいね」

調子に乗ってこのくらいの冗談も言える程には長く隣に居着いている。

「するものか。」

予想通りの回答にくすりと笑って、命令を遂行する為、団長の横を通り過ぎようとした。

しかしすれ違い様分厚い手が肩に置かれ、引きとめられる。

見上げた先には至って真剣な青色。

「だが…私個人としてはあの女性兵士に同じ傷をつけてやりたい気持ちで一杯だ」

叩かれた方の頬を一撫でされ、思わず息が詰まった。
何を言っているんだこの人は。
冗談にしたってタチが悪いじゃないか。

口端を少し歪めて皮肉っぽく笑うその表情は、エルヴィン団長ではなくエルヴィン・スミスだった。

「同じ?三倍返しじゃなくていいんですか?」

私がエルヴィンの女だと知ったらあの彼女はどんな顔をするかしら。

一瞬見開いた瞳は直ぐに細められた。

「はは、違いない」

空を映す瞳が近づいたかと思えば、額に落ちてくる口付け一つ。

「ではまた後で」

立ち尽くす私をよそにぽんぽんと肩を叩いて去ってゆく。

振り返った時に見た背中は既にエルヴィン団長に戻っていて、私は熱くなった額に触れ、まだ自分にも初心な部分があることを知るのだった。













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