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 重たい雨

壁外調査で雨が降るということは、すなわち死亡率の増加を意味する。

雨で視界は悪くなり、馬の足並みも狂う。

何より巨人の動きが不規則になる。

出立時から嫌な雨雲だった。

よりによって壁の外に出た途端、曇天は豪雨に変わった。

「なまえ、撤退だ。聞こえなかったのか?」

激しく打ち付ける雫のせいで地面はぐちゃぐちゃにぬかるんでいる。

水溜まりに血の赤が溶け出す。

泥にまみれたかつて私の班員だった肉塊。

「なまえ!」

一度ついた膝は、もう二度と立ち上がれる気がしない。

本当に最善を尽くせた?
次に繋がる結果があった?

「なまえ!!何をしている!」

左腕に鈍い痛み。
エルヴィン団長に掴まれたと分かったのは、霞の中場違いに綺麗な青い目が隣にあったからだ。

「立て、死にたいのか!」

ぬかるみから引きずり上げられた足は情けないほど震えていた。

何もしてあげられなかった。
あんなに大事だったのに。
全部私が壊した。

団長の声は何処か遠くで他人事みたいに響く。
私は貴方にはなれない。
貴方みたいに崇高な理性で生きていけない。
私なんか。

「私なんか、死ねば良かったんです」

「そうか、私は君が生きていて良かったと思っている」

間髪入れず言い返し私を見据える瞳の奥に青い炎が燃えていた。
それは紛れも無く生の揺らめきで。

「なまえ」

強く抱き寄せられた腕の中は、息苦しくて、温かくて、此処が壁外であることを一瞬だけ忘れさせる。

雨の音で聞こえない筈の鼓動が聞こえる気がした。

「お前はまだ、こちら側の人間だ」

目尻から伝う雨水は涙のようで、一瞬団長が泣いているのかとどきりとした。

色を変えるほど水を吸い込んだマントの重さは、ずしりと骨に響き、止まぬ雨はこの犠牲を背負えと謳っている。














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