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 紳士 2

優雅な曲の響く壁外とは程遠い会場で、なまえは立ち尽くした。

君は話を合わせてくれれば良い。

そう言われて随行、お貴族様の用語で言うならパートナーとして出席したはいいが、件の上司は側にいない。

広々としたホールの一角を見やれば、大勢の中でも目立つ長身がそこにあった。

煌びやかなドレスに身を包んだ女性達に囲まれても、芯の通った立ち姿と女性以上に美しい金髪碧眼は全く引けを取らない。

大きな目を細めながらご令嬢方の接待する背中を遠くから眺めた。

此処で待っててくれ。

暫くは団長と一緒に支援者の挨拶回りをしていたが、その後犬宜しくウェイトして軽く半刻は経過している。

確かに女が女の相手をするよりは、偉丈夫の上司が適任だろう。

現に娘達は恥ずかしげに頬を染め、ふっくらした唇で楽しそうに囀っている。

日焼けを知らない雪の肌に、柔らかい手足、艶のある長い髪。

なまえはホールの隅で壁に持たれ掛かり、袖を捲る。
皮膚には自分も覚えていない古傷が無数にあった。

兵団の中では逞しい戦歴でも、この場では無性に恥ずかしくなった。

傷だけじゃない。

こんな不釣り合いな所に、こんな不釣り合いな人と来た自分が。

豆だらけの手を握りしめ、これは仕事だと団長が戻ってくる迄の時間をひらすらに耐えた。






「団長、お疲れ様でした」

並んで赤絨毯の廊下を歩く上司に、なまえはぎこちなく労いの言葉を掛けた。

「君こそ慣れない場所で疲れただろう。今日はご苦労だった。この間から君に助けられてばかりだな」

「そんな…お役に立てたなら光栄です」

端正な微笑みに思わず目を逸らす。

「ああそうだ、少し用事があるから君は先に部屋へ戻っていてくれ」

馬車の夜道は危険なので、夜遅くなるパーティーは隣接のホテルに宿泊する。
勿論本当の意味でのパートナーでは無いので部屋は隣同士だ。

「…分かりました。お休みなさい」

ここでも私は手伝えないのかとちりりと胸が痛んだ。

部屋に入ってドアを閉めるとどっと疲れが溢れ出す。

ガラス窓に映った陳腐なドレス姿の自分は酷く滑稽だ。
直ぐにでも脱ぎたい衝動に駆られ、持ってきていた自前の簡素なワンピースに着替えた。

兵舎の何倍もふかふかのベッドも、凝った装飾のティーポットもただただ虚しいだけ。

顔や体や生まれがどうであろうと兵士としての実力には何ら関係が無いのに、今日一日で驚くほど全てにおいての自信が失墜している。

自分の精神力の弱さを呪ってしまう。

ぐるぐると考えていても眠れない。

適当にその辺を散歩しよう。

なまえは部屋を出るとホテルの広い通路を進み始めた。

どこもかしこも金の取手の重厚な扉が並び、天井にはきらびやかなシャンデリアが吊られ、貴族の繁栄もとい無駄な財をたたえている。

「…?」

ある一室の前を通り過ぎようとした時、微かに人の声が聞こえて立ち止まった。

他の部屋と同じ扉の数センチ開いた隙間から灯りが廊下に漏れており、ごく自然な流れでなまえの目は室内へと凝らされた。

男女が抱き合うようにして立つ人影。
それだけなら悪いことをしてしまったと直ぐに立ち去るのだが、男性の方に見覚えがあった。

男は顔を女の首筋に埋めるように唇を寄せ、襟ぐりの深いドレスを着た女性は喉を仰け反らせた。

体は金縛りにあったように動かない。

あの彫りの深い横顔と透き通る金髪、そして、

「!!!!」

青い目と視線が交差した時、脚は反射的に駆け出していた。

一目散に部屋に戻り、窓際に逃げるとぼろぼろと涙が溢れてきた。

自分がどうしようもなく惨めだ。

エルヴィン団長のあまり良くない噂なら聞いたことがあった。

貴族の援助を獲得する為に、令嬢と寝ていると。

私には無い、利用価値。

兵士でしかない者には傷付く権利すらない、住む世界は違うと、胸に杭を打たれた気分だ。

「なまえ」

落ち着いた低音になまえはびくりと肩を震わせた。

慌てていて開けっ放しだった扉ががちゃりと閉ざされる。

涼しい顔をしたエルヴィンは、何事も無かったように窓辺に近づく。

「あの、私、盗み見するつもりでは…」

叱責を覚悟し、窓枠を後ろ手にぎゅっと掴む。

「なまえ」

しかし上司の声音は怖いくらい冷静だ。

「任務の一巻だと、わかっているつもりです…だから…」

自分で言い訳をしていて情けなくなってきた。
伏せた瞼からぽたぽた落ちる雫が絨毯に染み込んでゆく。

「なまえ…どうして泣いている」

「す、すみません」

追及する口調に反射的に謝った。

「私は、何故泣くと、聞いているんだ」

一言一言区切るように問いかけ、エルヴィンは一気になまえとの距離を詰めた。

「わ、わかりません…」

蚊の鳴くような声で答える部下の濡れた頬に手を添える。
なまえは不安気に身を固くする。

「わからない?自分の事だろう」

親指で目尻を拭ってやれば、ますます訳が分からないといった戸惑いの目がエルヴィンを見上げた。

「ドレス…もう着替えたのか、似合っていたのに」

頬に掛けた手を一気に引き寄せ、きつく結ばれた唇に自分のそれを重ねた。












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