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 Two Children前

「エルヴィンの分からず屋!!!!」

怒号と共に何か硬いものがドアにぶつけられる凄まじい音がして、モブリットはハンジと共に、今まさに入ろうとした団長室の前で立ち止まった。

「また始まったねえ〜」

のんびりとした上司とは対照的に、モブリットは真っ青な顔をして分厚い扉を見つめた。

「ど、どうしましょうハンジさん!は、早く止めないと!!」

「えー大丈夫だと思うよ?だっていつもの事だし」

その返答に痺れを切らしたようにハンジに詰め寄る。

「それはそうですけど!!今日こそ怪我人が出かねません!!」

「はいはい、もーモブリットは心配性だなあ」

「あんたねぇ…!!」

呆れた顔で言葉を無くす部下を尻目にハンジは意気揚々とドアを開けた。

「エルヴィン失礼するよー…ってうわあおっ!!!!」

ハンジは自分に向かってくる分厚い本を間一髪で回避する。
顔の真横を掠めたそれは無残に床に落ちた。

「あっぶね!!!!」

「なんでこの陣形が却下なのよ!」

「ハンジさん!!大丈夫ですか!!」

「何度も言っているが、君の考えた陣形は実用するにはまだまだ詰める所がある。喚いたって同じだぞ」

「長距離索敵陣形だって弱点はある!一度試してから修正したって遅くないし、そうやって精度を上げていくものでしょ?!エルヴィンの石頭!!」

「子供か君は」

普段は静かな団長室がごく稀に阿鼻叫喚の地獄絵図と化す時があり、今がまさにそれだ。

尤も、叫ぶのは外野ばかりで、当の部屋の主は至って冷静である。

そして、この惨状の元凶は団長と鬼のような顔で対峙するなまえだ。

なまえは団長の副官を務める実力者で、参謀として作戦会議に参加する事も多々あった。
しかし直情的な性格故に、しばしば上官との衝突を招き、というより一方的に彼女が怒っているだけだが、今日のように部屋の物を手当たり次第エルヴィンに投げ出すのだ。

「なまえ、いい加減に聞き分けなさい」

エルヴィンはドアを背にしており、なまえは執務机の前を陣取り籠城していた。

「い、や!!」

拒絶の言葉と同時に、机の上のペンを上司に投げつける。
エルヴィンは其れを軽々と避けた。

「は、ハンジさんなまえさんを止めて下さいよ!!」

呑気に観戦するハンジにモブリットは縋り付いた。

「まあまあ、見てなって」

だが、ハンジは自信満々に部下の制止を受け流す。

なまえが机上の重要書類を掴んだ時、エルヴィンの声が一段低くなる。

「なまえ、それを投げたら……わかっているな?」

「……っ!」

表情こそ変わらないものの、明らかに一変した雰囲気に、なまえは分かりやすく動揺した。

ピタリと止まった手を見て、エルヴィンは小さく溜息をつく。

「いいだろう…君がそこまで言うなら、仕事の後にもう一度ゆっくり話を聴こうじゃないか。その内容次第では次回の壁外調査に君の陣形を適用しよう」

「…!望むところよ!」

「決まりだな…ハンジ、待たせたな」

「ああいや全然」

何事もなかったかのように話しかけるエルヴィンに、モブリットは暫く放心していた。

黙々と床に散らばったもとい自分が散らかした本たちを片付けるなまえに我に帰る。

「なまえさん、て、手伝います!」





夜も更けた頃、約束通りなまえは団長室を訪れた。

もちろん、昼間提案した陣形は再度練り直してある。
ドアをノックすると、珍しくエルヴィンがドアを開け出迎えた。

「なまえ、入れ」

対面したソファに通され、大人しく腰掛ける。
さっそく熟考した資料を机に広げ、

「エルヴィン、貴方に指摘されたここだけど…」

「それは後だ」

「エルヴィン…?」

いつまで経っても向かいに座らない上司に痺れを切らし振り向くと、かちゃりと鍵の掛かる音がした。

薄暗闇の中、青い目が灯りにぎらりと揺れている。

「昼間は随分と暴れてくれたな、なまえ」

その低音を聞いた瞬間なまえは、捕えられたと思った。

あまり感情を現さない冷たい瞳に射抜かれ、ぞわりと鳥肌が立つ。

「そ、それは…だって、」

「言い訳か?感心しないな」

「………」

蛇に睨まれた蛙。
今ほどこの言葉がぴったりな状況はあるだろうか。

また、やってしまった。
ここに来て頭の中にあるのは、新陣形でも反骨心でもなく、後悔ばかりだ。

普段のエルヴィンは、基本的には寛容だ。
部下の無礼な言葉遣いやくだけた態度にも、表情こそ変えないが、それなりに人当たり良く接してくれるし、階級にこだわらず様々な意見に耳を傾けてくれる。

だからこそ、一線を越えると怖いのだ。
不機嫌や攻撃心を隠そうとしないリヴァイよりよっぽど。

「え、エルヴィン…昼間のこと怒ってる……?」

なまえは震えそうになる掌を握りしめ、恐る恐る尋ねる。

「怒ってないさ」

しれっと応える口元は、うっすらと張り付いたような笑みを湛え、なまえの緊張を増幅させる結果になった。

じとりと湿っている皮膚が冷や汗の所為だと気付いた時、猛烈な逃避願望がなまえを支配する。

逃げろ、と身体が警告していた。

咄嗟に机上に広げていた書類を掻き集めると、小走りで出口に向かう。

「わ、私、やっぱり部屋に戻る!続きはまた明日!」

鍵は内鍵な為簡単に開けることができる。

エルヴィンの横をすり抜けて、ノブに手を掛けたところで、落ち着き払った声が降ってきた。

「逃げてもいいぞ」

予想外の台詞になまえは固まり、反射的にエルヴィンを見上げる。

「逃げてもいい」

驚くなまえに言い聞かせるように言葉を重ねた。

「ただし、その後どうなるか…分かるね」

「………っ!!」

川の底に似た静かな瞳が、なまえを掴む。

身体中に鎖を巻き付けられる錯覚。

逃げることは出来る。
だが、代わりに全てを捨てる覚悟がなければ、もし戻ってきたりすれば、もっと酷い目に遭うだろう。

「さ、さっき、怒ってないって……」

なまえはやっとの思いで喉から声を絞り出した。

「もちろん怒ってないとも。しかしやんちゃをする子どもには躾が必要だと思わないか?」

「わ、たし、子どもなんかじゃ……」

「そうか。なら大人には大人の躾をしなければ。新陣形の話はその後で幾らでも聴いてやるから安心しろ」

「うう……」

最早言葉を失ったなまえは泣きそうな顔でエルヴィンを見た。
本人は淡々と続ける。

「さあ、どうするなまえ…逃げるか?」

「………」

この男の前に選択肢など存在しない。ただ彼の命令とそれに従う人間がいるだけだ。

身体はこんなにも男を拒否し、状況から逃れたいと叫んでいるのに、支配された頭がそれを許さない。

なまえは震える右足をゆっくりと男の前へ踏み出す。
一瞬男の口角が満足気に歪んだ気がした。

「いい子だ、なまえ」

言うが早いかエルヴィンはその左手でなまえの胸倉を掴み上げ、右手を思い切り頬に振り下ろした。





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