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 溜息と災難

返事がないドアのノブを捻って異変を感じた。

鍵が掛かってない。

ゆっくり押し開くと、昨日自分が整えたまま、皺一つないベッドが目に入る。
そこに寝ているのは人ではなく、本と報告書だ。

案の定だ、となまえは溜息をついた。

仮眠に使っただろうソファのクッションが乱れている。
明け方まで仕事をしていたらしい。

ソファの下に落ちたベルトやシャツを拾い上げ、室内を見渡す。

本だらけの部屋は雑然と散らかっており、なまえは本日2度目の溜息を溢した。

そして肝心の部屋の主は見当たらない。

仕方なくテーブルの上で服を畳んでいると、部屋の奥で物音がした。

「やあおはよう」

「おはようございます」

シャワーを浴びたのか、上半身に中途半端にシャツを羽織ったエルヴィンが顔をだす。

自分の前で多少だらしない格好なのはよくあることだ。

その顔色は意外にも、朝まで仕事をしていたにしては血色良く、声もはきはきとしていてなまえは安心した。

「団長、以前から申し上げておりますが、脱いだ服はすぐ籠に入れてください。それから読み終わった本はソファやベッドに置かず本棚に」

「わかったよ」

部下からはきっちりしているように思われる団長だが、実は整理整頓が苦手で、放っておくと資料と書類で部屋が埋まることを知ったのは、彼の世話役をすることが多くなった三年程前だ。

「………」

「そう怖い顔をするな」

あっさりした返事に不審の視線を向けるなまえを、エルヴィンは手の甲で彼女の額を軽く小突きいなした。

「今日はきっと寝坊されると思い早めに起こしに来たのですが…私は用無しだったようですね」

見る限り仕事は綺麗に終えているし、身支度も後は兵服に着替えるだけで、なまえの手伝えそうな事は特に見受けられない。

「そうでもないさ」

「と言いますと」

エルヴィンはなまえに言われた通り素直に手近にあった本を棚に戻す。

「例えば私の疲れを癒してくれるとかね」

「はあ…どのように」

えらく生き生きしている目はどこが疲れているのか知らないが、なまえは嫌な予感がして身を強張らせた。

「それを俺に言わせるのか?」

真っ直ぐな足取りで向かってくる上司に咄嗟に逃げ場を探す。

「え…ちょっ…わっ!!」

しかし、エルヴィンの方が一歩早く踏み込み、なまえが体勢を崩し尻餅を着いたのは運悪くベッドの上だった。

「な、なに考えてるんですか団長!朝ですよ!遅刻します!」

エルヴィンは壁時計を一瞥し、片膝をベッドの縁へ掛ける。

「始業までまだ十分時間はあるじゃないか」

なまえの脚の間に踏み込みベッドがきしりと鳴る。

「だ、だからって…こんな…!失礼ですが寝ぼけてるんですか?!」

「本当に失礼だな。さっき仮眠から目覚めたばかりだ、頭はすっきりしてるよ」

さらりと言い返した唇は、早くも首筋に噛み付いた。

「エルヴィン!!」

今日という今日は言わせてもらう。

そう意気込んで、二人の時の馴れ馴れしい呼び名で叫び、肩口を精一杯に押し除けた。

「なまえ、私は寝起きなんだ。少し静かにしてくれ」

しかし重たい上半身はびくともしないどころか、手首はいつの間にかシーツに縫い付けられている。

こうなってしまうとエルヴィンは此方が泣こうが喚こうがお構いなしの、大人気ない大人になる。

なまえは、半ば諦めの気持ちで抵抗の力を緩めた。

一瞬真上の男の口角が弧を描いたように見えたが、きっと気のせいだ。

片手で器用に外されていくボタンを眺めながら、ああまた折角朝着たばかりのシャツが皺くちゃになってしまうと心の中で嘆いた。







「なまえ、そろそろ起きないと遅刻するぞ」

平然とベルトを装着しながら、透き通った青い瞳を向ける無神経さは清々しい程だ。
布団の中から恨めしげに睨んでやる。

「…誰のせいですかね」

「さあ、想像もつかないな」

さくさくとループタイを締め、ジャケットを羽織り部屋を出ていく背中に、なまえは三度目の溜息を吐いた。











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