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 ベルベット・ルージュ前

調査兵団にそれなりに長く居着いていると、団長の補佐をすることが稀にある。

勿論本来の補佐官が手が空かない時にちょっとした手伝いをするくらいで、大したことはない誰にでも出来る仕事だ。

そういう人は私以外に何人も居るし、団長は私の名前も覚えていないかもしれない。

「団長、これは如何なさいますか」

下階で預かって来た手紙の束は団長に渡す前に粗方選別する。

総統や兵団本部から送られてくる手紙は、公式の封蝋が押してあり団長やその他上層部しか開封してはならない旨の印もあるのですぐ分かる。

そういう物は迷わず執務机の手紙入れに並べて問題ない。

次に、支援者からの報告の催促やお偉方からの苦情。

これは暫く書類仕事をしていると彼等の名前を覚えてくる。
面倒臭い議員や小うるさい支援者など返信の重要度順に整理し、手紙入れの奥に置く。

そして、最後がラブレター。

町娘や支援者のパーティーで知り合った貴族の令嬢からの愛の告白だ。

透かしの封筒に花の栞が入っていたり、華美な飾り文字、香り付きの紙。公式の書類と同じく一目瞭然である。

彼の答えはいつも同じだが、念の為毎回尋ねる。

団長はちらりと私が持つ手紙達を見て、ただ一言、

「捨てておいてくれ」

「はい」

今日もやっぱり同じ答えで、私も同じ言葉を返す。

ふと以前から気になっていた疑問を口にしてみた。

「あの、一般市民はともかく、ご令嬢の手紙は捨てたら問題にならないのですか?」

「ああ…彼女達は親の目を盗んで送ってきている。大抵の貴族は調査兵団を目の敵にしているし、親に知られたくないから騒いだりしないさ。そもそも公認なら親名義で届く。君は心配しなくていい」

「成る程…」

昔は団長にお見合いの肖像画が何枚も届いたと、先輩から聞いたことがある。

「この書類を後で四班に回してくれ」

「はい」

無駄話は終わりと言わんばかりに突き出された書類を受け取った。







「はぁ…」

日もとっぷり暮れて、ようやく一日の業務が終わり、私室のベッドに倒れ込む。

幸運にも調査兵にありながら生き永らえて、団長と接する機会が増えるのは嬉しい。

なのに何故こんなにも悲しい気持ちになるんだろうか。

いや、原因はわかっている。

ジャケットの内ポケットから紙束を取り出した。

それは昼間のラブレターだ。

ベッドサイドの机の引き出しを開ける。

そこには今まで団長に、不要品と見なされてきた彼女達の束がある。

色とりどりの手紙の隙間に、今日もまた新たに追加されてしまった。

”捨てておいてくれ”

そう言われる度にずきりと胸の奥が疼く。

もし、私がこの手紙みたいに想いを打ち明けたら、団長は同じ事を言うのだろうか。

そう思うと、とても彼女達の手紙は他人事に思えず、私には捨てることは出来なかった。

紙束を仕舞い、ごろりとベッドに仰向けになり、天井を見つめる。

団長を上司以上の目で見るようになったのは、本当に単純なきっかけだ。

いつだったか、兵団に支援者から幾つか贈り物が届いたことがあった。

煙草や酒、お菓子などいずれも高級品ばかりだ。

もちろん皆で分ける程の量はないので、仕事終わりに都合がついた数人で集まったのだが、その中にたまたま私もいた。

珍しく団長も参加していて。
雲の上の人に話し掛けるつもりも無論なかった。

談笑したり、一人でのんびりしたり、各々好きなように時間を過ごしていて、ふと菓子箱の下に目が留まる。

包み紙の隙間から引っ張りだすと、それは上品な真紅のリボンだった。

光沢を持った肌触りの良い布は、一目で高級品だとわかる。
お貴族様はたかが包装にもこんなに良いものを使っているのかとしげしげと眺める。

「どうした?」

急に話し掛けられて驚いて、話しかけて来た人物に更に驚く。

「だ、団長!」

私から一番遠い場所に居た筈なのに、いつの間にこっちへ来ていたのだろう。

団長は、片手にグラスを持ち、仕事中より随分寛いだ雰囲気を放っていた。

その瞳は純粋に興味と疑問の色が見て取れる。

賑やかな中、一人でぼうっとしていたら確かに目立ったかもしれないと勝手に納得して、片手を軽く掲げた。

「あ、いえ…このリボン、綺麗だなと思いまして」

グラスを置くと音と共に、手元のリボンが取り上げられる。

適当に束ねていた髪にリボンがしゅるりと結ばれる感触がして、思わず振り向いた。

「君の髪色によく映えるな」

細めた瞳の奥で揺らぐ青に目が反らせない。

「エルヴィン〜!どこー?!」

ハンジ分隊長の声に我に返った時には団長はもう人の中に消えていた。




きっと、こんな些細なこと、団長は覚えてない。

お酒も入っていたなら尚更だ。

何処にでもいる、ただの、平凡な人間。

これ以上を望むなと、私に笑われている。

仰向けのまま、デスクに視線を伸ばせば、そこにはあの日のリボンが鎮座している。

丁寧に畳んで、馬鹿みたいに大切にして。

深い色のリボンも私が着ければくすむようで、直ぐに目を逸らした。












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