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 失きもの*

※隻腕ネタ




あの右腕に私は何度髪を梳かれ、輪郭をなぞられ、愛されたのだろう。

今になって数えておけば良かったと、ぼんやり思った。

後悔ではない。
ただ少し惜しい気がしただけだ。

「っ、は、んっ、」

下腹部を蹂躙する快感に唇を噛む。

片腕だけで器用に私を組み敷く男を回らない頭でぼんやりと眺めた。

ぎらぎらと濡れた雄の目が、夜の帳に光っている。

どうしてこの男はなんでもない風に私を抱けるのか、理解に苦しむ。

きっと失くしたのが左腕でも右脚でも何も変わらない顔をして、ベッドに押し倒せる筈だ。

「ううっ、はぁ…エルヴィン、」

名前を呼んで返事をしてくれたことなど一度だって無い。

枕元のランプがちりちりと燃える声がやけに耳につく。

灯りに照らされた右腕の先は闇に溶け込み、真白い包帯だけが現実を主張していた。

「…どうした」

私の呼びかけに応えたのではない。

ただでさえ大きな目を見開いて、男が問いかける。

今まさにこの状況を、さも不可解だと言わんばかりに。

そこで始めて私は自分が泣いていることに気付いた。

中を好き勝手凌辱していた律動が止まり、代わりに青い目が口づけ出来そうな距離に迫る。

何故泣くと、瞳が言う。

「怖いのか」

「ちがう」

「悲しいのか」

「ちがう」

否定するたび涙が溢れるのはどうしてだろう。

虚空を彷徨っていた指を傷口に伸ばした。

なんで腕が無いの。

怖いのも悲しいのも貴方じゃないの。

そう叫んでしまえば全てが終わる気がして、がむしゃらに分厚い胸板に泣き顔を押し付ける。

いつだってそう。
富を持つ者が安寧を手にし、犠牲を顧みない者がさらに奪われる。

それでもこの男は死ぬまで歩みを止めはしない。

「ちがう…」

苦しい苦しい苦しい。
私には何も出来ない。
私などこの男は必要としない。
片腕を失くしてさえも。

少し痩せた右肩に爪を立てても、眉一つ動かない、痛みさえ捨てた躯。
世界が、人が、私が、全部がこの人間を創り上げた。

それがどうしようもなく。

「悔しいのよ」

縋りつく女のことも、いつか鬱陶しいと捨てるだろうか。

「そうか…君は優しいな」

「優しくなんか、っあぅ、は、」

再開された刺激に、また思考が薄らいでいく。

いいように誤魔化されたのだと思った。

「あん、ちょっと待っ、て、ふぁ」

貴方だけ生き急いで、その終着点には何が残るというの。

自分の最期すら見えている男に、誰がどんな言葉を掛ければいい?

胎内に摩擦の快楽が蓄積していく。
次第に熱に浮かされていく意識。
一際深く穿たれて、ベッドがぎしりと悲鳴をあげた。

「っは、あんっ!やっ、は、エルヴィ、もう…っ、く…!!」

「……はぁっ、…ああ……」

耳元にかかる男の息は獣の様に荒い。

限界へと昇りつめて行くのを感じながら、ぼんやりと霞む頭の中に一つの願望が小さく瞬く。

いっそこのまま二人で全てを吐き出して、どろどろのぐちゃぐちゃに溶けて消えてしまえばいいのに。

永遠に叶わない願いをぶつける代わりに、傷だらけの背中に爪を立てた。


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