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 羊たち

「団長、そろそろ休憩されては」

エルヴィンはティーカップを下げ新しいものを淹れようとする副官を制した。

「いや、あと少しだから仕上げてしまうよ」

なまえは上司の執務机を一瞥して、眉を顰める。

積まれた紙束はどう見積もっても少しでは無かった。

その上、部下の前では澄ましているが、青い瞳にはありありと疲労が浮かんでいる。

「却下します。休んでください」

強硬手段に出たなまえは、エルヴィンから書類をひったくる。

「何をする、返しなさい」

声音こそ柔らかだが、有無を言わせぬ口調を一蹴し、

「返しますよ、仮眠された後で」

「………」

なまえは自分を見据えるエルヴィンを負けじと睨み返した。

重苦しい沈黙が場に沈む。

「…分かったよ。15分したら起こしてくれ。それから起きたら茶を淹れてくれるか」

「はい」

小さく息を吐き、エルヴィンが折れる。

椅子から立ち上がり団長室のソファに大きな体躯をゆっくりと横たえた。

一連の動作を見送ってなまえは安堵し、部屋の鍵を閉めた。

彼が部下に寛ぐ姿を見せるのを良しとしないからだ。

瞼を閉じて間もなく、その呼吸が深くなる。

なまえはそっとエルヴィンに歩み寄った。
近くに来ても目を醒ます気配は全くない。

幾ら副官とはいえ、他人が居る時にここまで寝入ることは稀だ。

眼窩には深い影が差し、僅かに眉根を寄せた寝顔は、背負うものの重さがのし掛かっているように見えた。

ここのところ書類に追われろくに眠れていないだろう横顔をもっと眺めたくて、団長の隣にしゃがむ。

間近にある睫毛は髪と同じ金色だ。

高い鼻や太い眉、引き締まった口元は団長らしい風格を備えている。

なまえは目覚めないのを良いことに、規則的に上下する胸へ頬を寄せた。

とくとくと鳴る生のリズムが心地よい。

そっと目を閉じて、その音を聴いた。







ふっと意識が戻った時、先ず違和感を覚えたのは左胸の重みだった。

そろりと視線を移動すると、15分後の起床を頼んだ筈の部下が床に膝を着き、自分を枕に寝ている。

壁の時計を見るに小一時間は経過していた。

普段なら彼女に起こされる頃には、だいたいの感覚で目覚めるのだが、今日はえらく寝坊だ。

知らぬ内に疲れが溜まっていたのだろうか。

エルヴィンは、すやすやと寝息を立てるなまえの瞼に触れた。

一瞬ぴくりと震えたが、起きるのはまだ先らしい。

上司にこんな失態を滅多に見せないのは彼女も同じだ。

何時もなら、自分の言った事は忠実に守る部下だ。

連日夜遅くまでの書類詰めに付き合ってくれていたなまえも相当疲れていたに違いない。

「なまえ…すまないな」

部下を起こさないようこっそりと謝って、枕にしていたクッションをなまえの頭の下に差し入れた。

そろりとソファから抜け出し、乱れた衣服を整える。

たまには自分が茶を淹れるのも良いだろうと備え付けのやかんを火にかけた。

起きたらなまえはどんな顔をするだろうか。

茶葉をポットに入れながら、エルヴィンは久々に胸を高揚させた。
















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