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 噂*

エルヴィン・スミスが分隊長であった時代から、彼の部下として付き従ってきたなまえは、彼の影と呼ばれていた。

リヴァイ兵長が入団するよりも遥か昔から常に側におり、団長になった今も彼の副官としてサポートしている。

そんな二人には一つの噂があった。

「団長、お茶をお持ちしました」

「ああ、ありがとう」

夜遅くまで書き物をするエルヴィンに、なまえは紅茶をテーブルの端に置く。

エルヴィンは置時計を一瞥し、

「もうこんな時間か…君は上がっていいぞ。ご苦労だった」

「団長の気の済むまで付き合いますよ。明日は訓練も支部への遠征もありませんし」

「そうか、助かるよ」

なまえの淹れた紅茶を口に含み、カップをソーサーに乗せる。

筆記を再開しながら、トレイを下げようとする部下に思い出したように話しかけた。

「…そういえば、今日面白い噂話を聞いてね」

「何でしょう」

壁外調査前後の殺伐として無駄口も叩けない時でなければ、意外と世間話も零す人だと知っているなまえは何も疑問に思わず耳を傾ける。

「私と君の仲が疑われているらしいぞ。君が私の夜伽をしているとね」

いくら深夜とは言え、過激な内容をさらりと吐く上官になまえは真意をはかりかね眉を顰めた。

その噂なら彼女も知っていた。
男と女が何年も共に行動しているのだから、くだらない色眼鏡で見られるのもあるいは自然な事かもしれない。

大方まだ訓練兵気分の新兵辺りが就寝前の自由時間のネタにでもしたのだろう。

「事実無根です」

「そうだな」

様子を窺い真実のみを述べれば、すんなりと認めるエルヴィンになまえは心中ますます混乱する。

「…しかし、噂というものはなかなか消えませんからね。今後の業務に差し障りがないといいのですが」

当たり障りの無い言葉を返す。

「なら、いっそ事実にしてしまうのはどうだ」

「………はい?」

がたりと席を立つ音がして、なまえは反射的に身を竦めた。
自分を射抜く青い目が一瞬ぬらりと光った。

「あの、団長…?」

なまえの戸惑いを楽しむように、エルヴィンは歩み寄る。

なまえはじりじりと後ずさるが、背後には壁、直ぐに追い詰められることは確実だ。

「あ、」

案の定なまえの背中が壁についた瞬間、エルヴィンは彼女の脇に自身の腕を回し、軽々と抱え上げる。

今だ混乱の渦中のなまえは抵抗も出来ず、大人しく腕に収まった。

エルヴィンはそのまま歩き出し団長室のソファに彼女の体を投げ出す。

片足を太腿の間に差し入れてやれば、そこでようやく状況を理解したなまえは、足をばたつかせ初めて抵抗らしい抵抗を見せた。

「団長!ご冗談も程々に…!!」

「冗談?君はこれが冗談に見えるのか?えらく呑気だな」

「っ…!!」

みるからに怯える頬をさすってやれば、びくりと身を震わせる部下の反応に、エルヴィンは内心苦笑した。

そのまま後頭部に手を添え、唇を重ねる。

「ひっ…」

小さな悲鳴は舌を絡め取られたことによって掻き消える。

「は、う、はあ…っ」

無意識なのか、ぎこちないながら必死に口付けを受け止めようとするなまえがいじらしくなり、エルヴィンは一層舌の侵入を深くする。

「っは、んんー!」

呼吸のタイミングを逃し、苦しくなったなまえは胸板を押し返すが、鍛えられた肉体はびくともしない。

エルヴィンはなまえの口内を散々犯した後、ゆっくりと口を離した。

なまえはエルヴィンの下でひゅうひゅうと咳き込む。

「だんちょ、ふざけるのもいい加減にしてくださ、はぁ、はぁ…」

「まだ言うか。」

涙目で訴える部下の、その首筋を甘噛みしてやる。

「っ、うぁ」

彼女の肌がぞくりと粟立ったのがエルヴィンにも分かった。

「なまえ」

乱れたシャツから覗く鎖骨をなぞれば、なまえはいやいやと首を振った。
しかし、エルヴィンの手首を掴み退けようとする力は限りなく弱い。

その反応に、ひとつ賭けをする。

「命令だ、と言ったら?」

絶望を湛えた目がエルヴィンを見た。
手首を掴んでいた手が解かれる。

「………従います」

予想通りの答えに肩を竦める。

「…だろうな。君はそういう女だ」

エルヴィンは両手でなまえの頬を包み、自分の方を向かせた。

「だが、なまえ。これは命令ではない。君が決めろ」

なまえは長年体に染み付いているのか、涙目でも上官から目を逸らさずその声を聞く。

「今辞めれば今迄と同じ、ただの上司と部下だ。この先の選択は、君の自由だ」

エルヴィンの言葉はずしりと腹の底に響いた。

「なまえ、君はどうしたい」

こんな時に場違いに、なまえは昔のことを思い出していた。

あれは、確か団長が分隊長に就任したばかりの頃だったか。

壁外調査の帰りに、彼に言われた事がある。

”君は少し臆病だな”

何でもないことのように言われた一言は今でも何故かはっきりと記憶に残っている。

部下として長い間彼の隣に居着いてしまい、知らぬ内にこの関係が変わることを恐れていた。

憧れ以上の感情を気付かない振りをして。

私は、どうしたいのだろう。

このまま彼を突き放せば元の穏やかな関係に戻れる。
これ以上傷付いたり、喜んだりすることもない。

なまえは、骨ばった手に、自分の掌を重ねた。

「続けて……続けてください」

一歩踏み出して、新しい私を構築する。

自分を瓦解してくれる人ほど優しく頼りになる人はいない。

なまえは重ねた手をそのまま口元に持って行き、太い指先に口付けた。

「なまえ…よく言った」

「っ、あっ」

なまえに握られていない方の手が胸元に下がり、柔らかい膨らみを揉みしだく。

緩やかな刺激に、なまえは背を仰け反らせた。

「だん、ちょお…ひあっ!」

シャツの上から固くなったそこに爪を立てられ、思わず悲鳴を上げる。

不安げな瞳がエルヴィンを見ていた。

「なまえ、大丈夫だ」

触れるだけの軽いキスでなまえを安心させてやり、シャツのボタンを一つずつ外していく。

剥き出しになったそこに、唇を寄せた。

「は、だんちょう…」

なまえはループタイを解いた首元に腕を回す。

遠くに見える窓は深い青に染まっている。

熱を上げていく意識を受け入れるように目を閉じた。

明日の朝には、きっと羽化した自分になっているはずだ。













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