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 死が二人を分かつまで

※隻腕ネタ








熱い。腕も吐息も体中全部。
骨の髄から沸騰しているみたいに汗が止まらない。

まだまだやるべきことは山程あるのに、頭がぼうっとして思考が出来ない。

被害は?成果は?今後は?

何も分からない。
吐きそう。

視界が霞む。
痛い、苦しい。

ここに居るのに、何処か夢の中を彷徨うような気分だ。

だから多分、私の目の前に居る人も錯覚に違いない。

「なまえ、私がわかるか」

今一番会いたい人が目の前に居て、私の名を呼ぶ。

ぼやけて居た映像が次第に鮮明になる。

どうやら夢の中ではないらしい。

「だん、ちょう…?」

「ああ、」

私の顔を覗き込む上司は、声こそ馴染みがあるが、頬が痩け、髭が伸びて、髪も乱れているし、まるで別人だ。

眼だけはいつも通り、ぎらりとした光を持っている。

回らない口で辛うじて吐き出したのは、

「腕が…動きません」

片腕がじんじん痺れて、奥から疼く。体の熱の元凶はここらしい。

「そうだろうな。骨折している」

「骨折…?」

包帯でぐるぐる巻きの左腕に目をやって、ふと椅子に腰掛ける団長の右側にあるべき物が無いことに気付いた。

途端に今までの記憶が蘇ってくる。

そうだ、団長の腕が巨人に千切られて、私は馬と一緒に奴らに叩き落とされて。

ああ、そうだった、団長の腕が。

嫌というほど共に戦って、夜遅くまで共にペンを握っていたあの腕が。

「全く、幾ら部下とは言え怪我の場所まで同じとは」

私の考えている事がわかったのであろう団長が、口の端だけで苦笑する。

「一緒にしないでください。私は左腕だし食われてません」

重傷の上司の心配が出来ない部下など非道と罵られてもおかしくない。この人以外は。

「はは、確かにそうだ」

いつものように皮肉はさらりとかわされる。

ふいに掌が眼前に覆いかぶさってきた。
額に乗せられた左手は、じんわり熱く、私の熱と飽和していく。

「熱が高い…他にも全身打撲だそうだ。あまり無茶をするなよ」

ああ、だからこんなに体中痛いのか。

「団長こそ、もう動いて大丈夫なんですか」

「この通りだ。お前に怒られるからここに来るまでに溜まった書類も片付けてきた。何も心配しなくていい」

私はたかが骨折と打撲如きでへばっているのに、団長は腕を失くし尚前へ進む。

その隣に私はまだ居てもいいのか、時々不安になる。

「腕を喰われてよく正気でしたね…元々正気じゃない人に言うのもなんですけど」

「憎まれ口を叩く元気はあるようで良かったよ…流石に今回ばかりはもう駄目かと」

ポツリとこぼした弱音に、どうしようもない罪悪感が襲う。

きっと久々にこんな怪我をしたせいで私も気が弱っているんだ。

「団長…守れなくてすみませんでした」

「こら、勘違いするな。お前の任務は私を守ることではない。いつも言っている筈だ」

そういう団長はいつもながらの威厳を持ち、片腕のハンデなど微塵も感じさせない。

私とこの人はどこまでも上司と部下だった。

「はい…」

私の返事に納得したのか、団長は椅子から立ち上がる。

「団長、どこに行くんですか。私も連れて行ってください」

「ハンジ達に次の指示を。お前は先ず治療に専念しろ」

団長の言うことが正しいとわかっていても、怪我に疲れた体は自制せず
我儘を口走る。

「置いていかないでください」

「当然だ。お前は私の副官だ。どちらかが死ぬまで着いてきてもらう」

閉まる扉の向こうで響く足音に淀みは無い。

兵士でなければプロポーズにも聞こえる言葉は、更なる地獄へ向かう覚悟として、私と団長を繋ぎとめた。

当然と言い切られた台詞に安心し、私はまた熱の中で夢を見る。









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