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 Pray to You

使い古したペン先が質の悪い紙を引っ掻く音。

ジジリとランプがその芯を燃やす。

彼は指先に疲労を感じ、万年筆から静かに手を離した。

纏まった紙束を机に打ち付けると、書類入れに戻す。

椅子を引き背骨を伸ばすように軽く反り眉間を揉みほぐし、溜息を一つ。

もう今日はこの位でいいだろう。

明日の業務に備え残業に区切りを付けたのは名目だった。

エルヴィンはふと先程まで紙面にばかり向いていた視線を真横に逸らす。

私室のベッドには部屋の主ではない人物が横たわっていた。

規則的に上下する布団の中から、微かな寝息が聞こえる。

それは静寂の夜に響く温かな音色だった。

軋む床をそっと歩き、膨らみに近づく。
布団を捲れば覗く安心しきった寝顔にほっと胸を撫で下ろす。

弾ける暖炉の炎に照らされた横顔はどこか幼さが見えた。

猫のように丸まった体の隣に潜り込む。
ベッドの中は文字通り人肌に温まり、嗅ぎ慣れた優しい香りが満ちていた。
皆平等に支給品の石鹸を使用している筈だが、彼女の匂いにはほのかに甘い果実の芳香が混じる。
香水に興味があるたちではないから、きっと彼女自身が持つ匂いなのだろう。

エルヴィンはなまえを引き寄せその鼻先を旋毛に埋めた。
ますます甘く落ち着く匂いが鼻腔をくすぐる。

少々強引に抱き締めても起きる気配がないどころか、呼吸は更に深くなってゆく。
最初こそ上司の話相手やお茶出しの世話をしていたものの、彼を待ち疲れて眠ってしまったのだった。

彼は柔らかな髪を撫でつけその大柄な体躯の中になまえを仕舞うと、腕に彼女を収めたまま枕元のランプを吹き消す。

背後で暖炉の薪がぱちぱちと冬の寒さを語っている。
窓ガラスを叩く風の声も今は気にならなかった。

ただ一枚の毛布の下で、小鳥にも似た鼓動を聞いている。

こうしているときだけ。
こうしているときだけは、目の前の命を慈しんでいたかった。

彼女を囲っていると年甲斐もない切なさと生命の温度が押し寄せてくる。

睫毛の先に唇で振れて、誰にも言うことがないであろう小さな願掛けをした。



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