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 ヒューマンエラー*

それは日常の筈だった。

「なまえ、この間の議事録を後で団長室まで持って来てくれ」

「はい」

前日までにまとめていた資料を携え、上司の執務室に赴き紙束を手渡すまでは。





「いつから」

「さぁ」

私を仮眠室のベッドにうつ伏せに縫い付けている張本人は、悠然ととぼけて見せた。

調査兵団への密偵。

それは決して簡単な任務ではないが、遂行可能な自信はあった。
しかし相手が悪かったか、自惚れ過ぎたのか。

凛々しくも穏やかな仮の上司の笑みは、見たこともない冷徹さを持って対峙する。

「ナイルの奴に礼を言わないとな。こんな分かりやすい諜報員を送り込んでくれたんだ」

そういえば師団長とは同期だと事前資料にあった。
生憎、この件に彼は関わっていない。
少数精鋭と言えば聞こえは良いが、万年人員不足、小さな組織の調査兵団とは違い、憲兵には貴族も議員も含め、上は山程居る。

「師団長からの命令ではありません」

「だろうね」

興味無さ気に視線を逸らした隙を見計らい、体を捩ろうとしたほんの一瞬の筋肉の動きは即刻見咎められた。
捻った腕に体重が掛かり骨が軋む。

「っ!」

「逃げるなよ」

本性を剥き出しにした男にこちらも最早取り繕う必要もない。

「なあなまえ、ひとつ賭けをしないか」

「何です」

昆虫を見つけた少年めいた眼差しにぞっとした。

「君が声を出さなければ勝ち、このまま無罪放免と言うのはどうだろう。無論、私が勝てば私の好きにさせてもらう」

それは一見此方が有利な条件に思えるが、十分な情報を与えられない賭けなど泥沼だ。

「どうした、恐ろしくて漏らしそうか?」

出方を窺い黙っていれば、お堅い顔に似合わぬ下卑た嘲笑。
挑発だと知りつつ、口が勝手に叫ぶ。

「誰が!あんたこそ自信が無いからって尻込みしてるんじゃないの?!」

一瞬きょとりとした男は快活に笑い出した。

「ははは!最近は金を出し渋る年寄りの相手ばかりでうんざりだったが久し振りに楽しめそうだよ」

その曇りの無い笑みにかえって恐ろしさが込み上げてくるが後の祭りだ。
そういえば本来の上司から、お前は短気だと窘められたことがある。
今まさに己の欠点を痛感していた。

「私は見ての通り性悪でね。抵抗していた奴が自分に屈服する瞬間が堪らなく好きなんだ」

ああ、やはりそういうことか。
これから起こる事の察しがつき、胸糞悪さが増した。

拷問にしろ強姦にしろ、痛みに耐える訓練は日頃から積んでいる。
密偵という職にある以上、囚われるのは覚悟の上であり、命に代えても機密を漏らさない事が最優先だからだ。

「ところで…」

背後でかちゃりと微かな金属音。
手首に巻かれた硬くもある程度の柔軟性を持つそれがベルトだということはすぐに分かった。
皮膚との隙間無く締め上げられ、到底解けそうに無い。
この男、看守でも無いくせに捕縄に慣れている。

両腕が自由になった男は、私を仰向けに、再度組み敷いた。
眼窩に落ちた影が、真っ青な瞳を炯炯と惹きたてる。

「上にはどう報告するんだね?私の好きな体位や達するまでの時間か?ああ、それとも組み敷かれ喘ぐしか出来ませんでした、かな」

「クソ野郎…!!」

誰が、お前の手に堕ちるか。
もっと罵ってやりたいのを、歯を食いしばり堪えた。

「こら、女性がそんな下品な言葉を使うものじゃない」

「ぐ?!」

突然顎を掴まれ、狂気を宿した眼差しが近付く。

「念の為言っておくが、舌を噛み切って自害しようなど考えるなよ。その場合、お前も、お前を雇った連中も、もっと酷い目に遭うぞ」

ぎらぎら濡れた眼光にぞっとした。
どこまで本気か知らないが、この男ならやりかねない。
黙っていると、男はゆっくりと離れた。

「無言は肯定と見なすぞ。ほら、ゲームスタートだ。せいぜい楽しませてくれ」

ボタンの千切れる嫌な音がして、破れたシャツから乳房が露わになる。
膨らみに重なる無骨な掌のされるがままになる胸を眺めるしか出来ないのが悔しい。

乱暴にするのかと思えば、やわやわと強弱をつけ、優しく揉み解す動きに体が戸惑う。
時折先端に引っかかる爪に、生理現象で体が跳ねる。

吐息すら漏らさぬよう唇を硬く結んだ。
ふいにかさついた皮膚が口唇に触れ、肩が強張る。

「本当はその可愛らしいお口に奉仕させてやりたい所だが噛みちぎられそうだからやめておこう」

そのざらりとした手が、次は膝頭を撫でる。
反射的に腿をかたく閉じた。

「足を開け」

有無を言わせぬ鷹の眼が睨めつける。
この男を受け入れるなど屈辱でしかない。
無言で睨み返せば、分厚い掌のが肩口に押し当てられた。

「拒否すれば肩を外す。痛いが、耐えろよ」

背筋に悪寒が走る。
こいつは絶対にやる。そう確信した。
関節に手首の付け根を合わせ、体重を掛ける動きに観念し股関節の力を抜いた。
背中が汗でぐっしょりと濡れている。

密かにほくそ笑む口元に体の芯が冷える思いがした。

衣服を剥がれ、空気に晒された下半身が心許ない。
まさに草食動物が捕食されているようで、屈辱的だ。
骨張った指が割れ目をなぞり、不快感が全身を駆け抜ける。
暫く表面で遊んでいた指は唐突に胎内に侵入した。

「!」

「痛いか?それは何よりだ」

眉根を寄せる私を眺めにたりと微笑む様はまさに悪魔と呼ばれるに相応しい。
膣内を遠慮なく探ってくる指に、異物感と圧迫感が押し寄せる。

しかしどれくらいそうしていたのか、慣れとは恐ろしいもので、痛みは次第に引いてゆく。

自分の物でない部分が胎内で勝手に暴れる腹立たしさはあるが、痛みが薄れたことで、より指の感触が際立つ。

最初こそ横暴だった指先は、浅い場所を撫で、深い場所を抉り、襞の隙間を丁寧に嬲る。

反発心とは別の感覚が、股間に神経を集中させるのを何度も振り切った。

ねちっこい指が、奥の付近を押し上げた時、ずくりと下腹が疼き結んでいた唇から空気が漏れる。

「…ぁ、」

「おや…?気のせいかな」

体温が一気に下がった。わざとらしく聞き返してくるむかつく顔に無言で激しく首を振る。

男は些細な悪戯をした子供を叱るような苦笑で、指を引き抜いた。
僅かな動きにすらびくりと子宮が収縮する。

力尽くで抱き起こされ、男の太腿を跨ぐ形に膝立ちした。
脚が笑って立つのが辛いが、奴にこれ以上弱みを見せたくない。

緩めたベルトからは怒張が覗く。反り返るそれは赤く筋が浮き出、凶器そのものだ。
強姦で興奮する変態め。心の中で吐き捨てた。
頬に添えられた分厚い掌はやけに熱い。
しかしそれ以上に自分の頬は熱く火照っていた。

「君には期待しているよ」

形の良い弧を描く笑みに見覚えがあった。
確か調査兵として配属された日に言われた言葉ではなかったか。
嫌味ったらしいにも程がある皮肉につい言い返してしまいたくなる。

頬を撫でていた手は滑り下り、腰をがっしり掴むと、力任せに引き下ろした。辛うじて踏ん張れば指にふやかされた部分が硬い先端に触れ、ちゅぷりと水音が響く。

たったそれだけのことで腰が震え出す己に内心驚愕していた。
硬い蕾に摩擦が起こるたびあられもない声を吐き出しそうだ。

「強情な奴だ」

喉で笑う声に一片の慈悲も無い。
一層強く腰を引かれ、愛撫で既に笑っていた膝は容易く崩れ落ちた。

不本意にも生理現象で泥濘んだ秘所がくっぽりと雄を咥え、男の腿に尻をつく。

「………!!」

晴れ上がった先端に子宮口を突き刺され、悲鳴を上げそうに喉が反る。
咄嗟に男の肩口をシャツごと噛んだ。

「はは、惜しかったな。あと少しだったのに」

耳朶を震わす余裕綽々の声音に殺意すら覚えた。
胎内を隙間無く塞ぐ凶暴な熱に、意識が色欲の沼に溺れそうなのを、どうにか抗うのでいっぱいいっぱいだというのに、乱暴な楔はお構いなしに下から突き上げてくる。

「…、…!〜!!」

呼吸を整えることもままならない。
喘ぎ声を出せないことがより、だらしのない色情を下腹に沈澱させる。
ひたすら口元を首筋に押し付け、声を殺す。
男のシャツが唾液で湿って口に詰まった。

「辛抱強さは流石密偵だな、優秀だよ」

嘲笑う声と共に、再び背中がシーツにつく。
見下ろす雄の欲と暴力的な瞳、がしりと腰を捕まえ引き寄せる仕草に最悪の状況が頭を過る。

「中に出すぞ」

「ひぁっ!?やめて!!!…あ、っ」

咄嗟に口を噤んだが最早後の祭りだ。
上下の厚みの整った唇が再びにたりと半弧を描く。

「私の勝ちだな」

「や、やめ、」

「勝ったら私の好きにするという条件だった筈だ」

子宮を押し上げる圧迫感が膣内を襲う。

「は、ぁうぅ!な、なんで、ぇっ!」

密偵の女を妊娠させるリスクを犯す男だとは思えない。
しかしより一層深くなる結合は射精のそれであった。

「君の敵からすれば君が孕んで兵士として使い物にならない方が都合が良いだろう?」

涼しい顔に、嫌な予感の的中を悟り冷や汗が吹き出す。

「うっ、そ!でしょ、っ」

「本当さ」

「ひ、んんっ!っく、あ!」

初めて体を重ねた相手だというのに、硬い熱塊は的確に鍛えられぬ場所を嬲ってくる。

「やだ!は、っ、やだぁあ、んっ!!」

脳髄がとろとろと溶け出しているかのように、視界がふやけ、何も考えられない。
媚薬など、盛られていない筈なのに。

「なまえ、気持ち良いと言ってみろ。そうしたら考えてやらんでもない」

耳元で囁く悪魔に、よだれまみれの唇は勝手に甘ったるい声を吐いた。

「はっ、あ、気持ち、いいからぁっ!だから、ぁん、もうッ…!!」

「そうか、そんなに気持ちが良いなら最後までたっぷり可愛がってあげないとな」

ぐっと、最奥を穿たれ、背筋がしなる。脚は骨が抜けて体が抵抗を拒否していた。

「あぅっ?!だ、騙し…!」

「考える、とは言ったぞ」

ぐちゅぐちゅ響く隠微な水音を誘い水に、律動に下腹が引き寄せられる。
辛うじてのし掛かる胸板に両腕を伸ばし突っ撥ねるも、容易く組み敷かれ重たい筋肉が自由を奪う。
調査兵団はその性質上、男尊女卑の極めて少ない兵団であり、団長である男はその権化だが、今はありありと男女の差を見せつけられた気がした。

「は、あああ!んっ、んンッ」

収縮する膣が意思とは裏腹に雄に吸い付く。
一切の感覚が快楽に溺れ、ただ男の低い声だけが明瞭に耳に届いた。

「なまえ、もっと、は?」

「は、あぅん、も、っとぉ…!」

このあられもない声が自分のものだろうか。
快晴色の瞳は妖しく深みを帯び、彫りの深い眼窩に輝く。

「はっ、好きモノだな、君も」

嘲笑に反応する事すらままならず、疼く子宮が求めるまま、欲は高まってゆく。

打ち付ける熱に喉が掠れ、朦朧とする意識の中、無意識に太い首に縋った。

「や、はぁ!イっ、あー…っ!」

「く、」

白飛びする視界に、冷たく燃えるブルーだけがちらついていた。







「このまま私の部下を続けるに限ってお前の”元”上司への制裁は見逃してやる」

あっという間に乱れた衣服を整えた男は、欲に塗れた瞳が幻の如く、上司然とした出で立ちで言い放った。

「ああ、それから…中には出してないから安心しろ」

太腿から掬い取った粘液を唇に擦りつけられる。
特有の匂いは紛れもなく現実だった。

一番屈辱的な道を選ばせる非道さに目眩がする。

もう拘束は解かれたというのに、全身の倦怠感に勝る見えぬ鎖が逃亡を許さない。

扉の閉まる無機質な音に、重たい瞼を閉じた。


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