book | ナノ
 ハレルヤ

朝から身体が重いことには気付いていたが、知らぬふりをした。
壁外調査が一段落つけば、書類の山が待ち構えている。

尤もその大半を抱えているのは直属の上司なので、文句は言えない。
ただ、少しでも彼の負担が減る様に手伝いをするだけだ。

「お早うございます」

「お早う」

団長室に入れば、執務机には上司が既に座っていた。
始業開始時間前には執務室に入る様気を付けているが、それでも上司の方が早い事が多い。
その仕事振りには頭が下がる。

恐らく朝食を食べてないだろう団長に、紅茶を一杯淹れる。
執務の邪魔にならぬよう、机の端にソーサーをそっと差し出した。

「あぁ、すまなー…なまえ?」

直ぐに気付いた団長がこちらを窺うが、その眉は何故か顰められている。

顔色を覗き込んでくる上司に初めて自分が机にしがみついていることが分かった。

体勢を立て直す為、腕に力を入れるもそのまま踏ん張りがきかず、脱力した下半身が崩れ落ちる。

膝をつく際に、うっかり机に手が当たり、ガシャリと嫌な音がして、床にカップの破片が散らばった。
ああ、やってしまった。

「す!すいませ…っ」

立ち上がろうとするが、視界が回って思うようにいかない。
それどころか、目の前が霞みどんどん暗くなっていく。

「なまえ!!」

団長が名前を呼ぶ声を最後に返事も出来ず、瞼は重く沈んだ。






次に目が覚めた時、そこは執務室ではなく、白い天井が広がっていた。

自分を心配そうに見つめる顔に、理性が戻ってゆく。

それが医療班の同僚であることでここが医務室だと理解出来た。

「なまえ?!大丈夫?!」

「はは…驚かせてごめんね」

自分のものとは思えぬ程声に覇気がない。
だが、身体のだるさは朝よりましになっている気がする。

「本当にびっくりしたよ!団長が血相変えて貴女を抱えてくるんだもの!」

「え、だ、団長が…?」

その言葉に反射的に跳ね起きた。
まさか、あの人が。
この忙しい時に寝込むだけでも迷惑なのに、わざわざ医務室に運ばせる手間まで掛けさせるとは。

すぐにでも謝罪し仕事を再開せねばと逸る気持ちを見透かしたように、同僚に窘められた。

「まだ少し熱が高いから、動かないで。きっと疲れが溜まってたのよ。団長には知らせておくから、今日はここに泊まってね」

不本意ではあるが、確かに回復してない今復帰しても足手まといになるのは明白だ。

後悔と自責に苛まれながらも、しぶしぶ布団に潜った。
辺りは日が落ちかけているが、これから深夜まで団長は仕事を続けるのだろと思うと眠気など掻き消えてしまう。

明日、朝一番に謝らないと。
それだけを強く心に刻み、無理矢理目を閉じた。







こんなに緊張して団長室に入るのは、副官就任の辞令を受けた時以来ではなかろうか。

昨日の事が嘘みたいに身体がは軽いが気分は重い。

意を決してドアノブを捻れば、馴染み深い碧眼とばっちり目が合う。

「団長…すいませんでした…本当に」

恐る恐る机の前まで進み、
団長の筆記の音は途切れない。

「いや、大事無くて何よりだ。今後は余り無茶をせず、休める時は休みなさい。」

尤もな意見に、言い訳のしようもない。

「倒れそうな体調不良も訴えられぬ程、鬼上司をしてきたつもりはないんだがね」

ちくりと混じる棘にますます申し訳なくなる。
何も言えず俯いていると、ふっと緩んだ笑い声が聞こえ、思わず顔を上げた。

そこには僅かに苦笑の入った柔和な微笑。

「…すまない、少し意地悪をしたな。君が遠慮深いのはよく知っている。過酷な職場ではあるが、言いたい事は気兼ねする必要はない」

静かな低音が心に沁みる。
いつもそうだ。
私が団長を気遣っているつもりでも、本当に働きやすい空気を作っているのはこの人なのだ。

「はい…」

団長は返答を聞くと、徐に立ち上がり窓辺に背を預けた。

「たまには始業時間まで休憩するか」

眉間を揉むのは疲れた時の癖だ。
上司の負担を増やし、おまけに気を遣わせてしまった。
居た堪れない思いが募り、所在無く傍らに佇む。

半開きの窓から優しい風が吹き込み、燻んだ金髪が朝日に揺れている。

節くれだった手を見つめていると、その指がふいに伸びてきた。

くしゃりと髪を乱され、掌の温もりに泣きそうになる。

「もう気にしなくていいから」

細めた双眼は、朝空よりずっと透き通って綺麗だった。
ぽんぽんと数度頭を撫で、離れた手が恋しいのは私が強欲だからだ。

上司はまだ人気のない外を眺めながらひとつ伸びをする。
たまに見る寛いだ仕草が好きだ。

「しかし君は、小鳥のように軽いな。どうりであんなに身軽に飛べる訳だ」

「え!?あ、あの」

どうやら団長は空を飛ぶ朝鳥を見ていたらしい。
どう答えるべきか考えあぐね、口籠っていると、それすら見越していたのだろう彼は、何でもないことのように笑った。

「病み上がりに悪いが、昨日飲み損ねた紅茶を頼んでもいいか。あれがないと朝が始まった気がしなくてね」

「…喜んで」

人懐こい表情は、日差しに溶け込み、彼もただの人間の一人だと語っている。

小鳥の囀りの中で繰り返される朝があることを、どこに居るとも、名すら知れぬ神に感謝した。







.
prev|next
back
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -