物語のようにはすすまない*
夜会の終了間際、華やかなドレスの令嬢が、なまえに近付いた。
娘は頬を染め何やら楽しげに彼女に話し掛けている。
当の本人は当たり障りない営業用の笑顔で応対し、何かを受け取ると、やがて別れた。
すぐに私を見つけた彼女は慣れないヒールに苦心しながら駆け寄って来る。
「随分と楽しそうにしていたね。あれは確か北の貴族の令嬢だったかな」
ゲストルームに向けて歩きながら話しかければすました顔。
「ええそうですよ。さすが人垂らしの団長、よくご存知で」
「人聞きが悪いな」
「否定はしないんですね」
長年連れ添った副官らしく、軽口も小慣れている。
部屋に入るなり、彼女の肩を抱きすくめた。
ボレロを剥いで、首筋に鼻先を埋めれば、果実のような甘い香りがした。
なまえは香水が嫌いらしくこのような場ですら身に付けないが、彼女自身の匂いは十分に煽情的だ。
薄い絹を重ねたドレスは背中の紐を解けば容易くはだけ、おざなりにベッドに押し倒し行為になだれ込んだ。
男女共に厳しく鍛え上げられる兵士の体も、細い首は性差が明らかで、普段シャツに隠れた白磁の肌ははっとするほど艶かしい。
「彼女、」
「ん?」
首筋から胸までを順に唇で辿っていると、なまえが軽く胸板を押し退けてくる。
何事かと愛撫を止めれば、目の前に紙切れを突き付けてくる。
反射的に文字を目で追う。
貴族の刻印付きの白封筒の中心には親愛なるエルヴィン・スミス様、の飾り文字が踊る。
「あのご令嬢、貴方のこと好きなんですって」
「そうか」
見ずとも内容は分かる。
歯の浮くような賛辞と、貴族の小娘らしい遠回しな告白。
取り立てて興味を惹くものなどない。
滑らかな太腿を撫でつければ、なまえは身を捩り腕をすり抜けた。
「どう思うでしょうね?私が”エルヴィン団長”とこんな事してるって知ったら…」
今夜の彼女はやけに聞き分けがない。焦れる思いで逃げた腰を引き寄せた。
「さぁな。ところでそろそろお喋りを止めてこちらに集中してくれると有難いんだがね」
仕置の意味で鎖骨を柔く噛めば、甘い息が漏れる。
膝頭を撫でつけ押し開く。
下着を脱がせようとした所で、またも抵抗にあう。
「あの子に抱いてって言われたらどうする?」
駄々っ子でもあるまいに、一体どうしたというんだ。
「…どうもしないさ。有力者の娘なら何かしら考えたかもしれないが。それとも君は私にこの場を放り出して彼女を抱けとでも?」
わざとらしく溜息をつき、投げやりに言えばなまえは血相を変えしがみついてくる。
「やだ、行かないで」
おしゃまを気取っていても、結局直ぐに手玉に取られる彼女に笑みが零れるのを抑えきれない。
「当たり前だ」
「あぁん!」
指を突き立てれば、まだ潤っていないそこは、ぎゅうぎゅうと押し返してくる。
「はぁ、…いた…」
「堪えろ。焦らした罰だ」
生温い内壁をゆるゆると探り慣らす。
知り尽くした弱点を少し攻めれば、粘度を増した襞が指に絡みついてくる。
動く腰を捕まえ、ざらついた部分ばかり甚振ると、容易く腰が震え出した。そのままゆっくりと上半身を押し倒す。
肩口を掴む小さな手。
何事かと見れば、熱っぽい瞳が揺らぐ。
「ん、は、ご令嬢…貴方のこと、親切で聡明で素敵な方だって…」
二度目のため息がこぼれた。
こんなに頑固な子だったろうか。
「まだ言ってるのか?男なんて誰でも羊の皮を被った狼だ。知らない方が悪い」
「は…今日…お会いした西のヤルケル伯爵のご子息は見た目も中身も紳士だったもの、っ」
呆れて言葉に詰まる。
今の私はさぞかし間抜けな顔をしているに違いない。
「ベッドの上で他の男の名を呼ぶとはな…」
彼女が本気でない事くらい長年の付き合いで分かる。
大方無用な焼き餅でも焼いたのだろう。
だからと言って、許してやる程大人でない事は自覚していた。
「今晩の君は少し自惚れが過ぎるぞ、いつでも優しくしてもらえると思わないことだ」
はだけていたシャツを手早くなまえの手首に巻き付け、心持ち強く縛り上げる。
ロープ程鋭い痛みは無いが、布は噛みやすく動くほど食い込んで簡単には解けない。
これで押し返してくる腕を危惧する必要はなくなった。
「あんっ、」
ベルトを引き抜き、窮屈な怒張を取り出し、蜜の出口を先端で擦る。
「っ、んはぁああぅ!」
脈打つ欲にまかせ性急に埋めた。
内壁はねっとりと纏わり付いてくる。
「や、待っ!これ、取って、ぇっ」
「知るか」
先程の愛撫でほぐれたそこはすんなりと雄を受け止める。
最奥を抉る律動になまえの甘い呼吸は間隔を狭めた。
「は、エル、エルっ…」
絶頂が近くなると、私を愛称で呼び首にしがみついてくるのが彼女の癖だったが、両腕が不自由な今はもどかしさを訴える眼差しを送るだけで、それがより加虐心を煽る。
膣内がきゅうきゅうと熱を締め付け始め、欲望が弾けそうな一瞬で動きを止めた。
放置された快楽にひくつく下腹部を撫でてやれば腰が浮く。
「エ、ル…?」
「先にお預けしてきたのは君だろ?そう簡単にはイかしてやらないから朝まで頑張ってくれ」
彼女が紳士だと褒めちぎった伯爵令息を真似、努めて穏やかに丁寧に囁いてやる。
シーツの隅で居心地悪く収まっていた例のラブレターを拾い上げると、
封筒ごと破り、ベッドの上に広げた。
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