雨に唄えば
夜中に目が覚めたのは、窓の外に雨の音がしたからだった。
重たい腕の中からそっと抜け出して、内緒話をするみたいに、窓に耳を寄せる。
ぽつぽつ、しとしと、さーさー。
屋根に落ちる音、水たまりを叩く音、窓ガラスに吹き付ける音。
ただの水滴だというのに、雨粒は幾つもの表情をもって、私に歌を聴かせてくれる。
雨は、好きではない。
任務に支障もでるし、身体は冷え、ブーツも汚れる。
けれど、夜、部屋の中で聴く雨音だけは愛せた。
「あめ」
隣に寝ている人を起こさないよう小さく口に出してみる。
あめ。
小さくて可愛い子。
小人達の歌は、彼が身じろぐ衣擦れの音と、私の呼吸、枕元のランプが燃える音と合奏を始める。
雨降りに歌う子供の唄を小声で口ずさんでいると、大きな布団の塊がもぞりと大きく蠢いた。
「エルヴィン?」
返事はない。
余程疲れていたのか、今日は私をベッドに連れ込むなり直ぐに眠りに落ちてしまった。
起こさないよう、さらに声を潜めて歌う。
しかし、シーツから伸び腰にするりと巻きついてきた腕がそれを中断させる。
「エルヴィンったら、起きているんでしょ?」
膝の上に頭を乗せ、狸寝入りする様はまるで母に甘える幼子だ。
腿に触れる髪と生えかけの無精髭がくすぐったくて、笑いながら身を捩るも、寝起きの癖に力強い腕が許してくれない。
「…やめないでくれ」
「え?」
「その歌…」
一言呟いて、また直ぐに寝息が聞こえ始める。
閉じた瞼を縁取る金色の睫毛と、目元の隈が揺らめくランプに浮き彫りにされた。
明日はきっとまた、私より早く起きて書類を片付けているのだろう。
「…おやすみなさい」
耳元に囁いて、布団をかけ直すと、雨との合唱を続けた。
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