ララバイ side N
「ナナバ、寝れない」
「やあ、また来たの。悪い夢でも見た?」
眠れない夜、ナナバの部屋を訪ねるのはいつの頃か習慣になってしまった。
最初は、そう、壁外調査の夜にぐずぐず泣く私と一緒に眠ってくれたのが始まりだっけ。
この人との関係は友人のようであり、兄弟のようであり、恋人のようであり、親子のようですらあり、私自身も形容しかねる。
戸惑いつつ探る距離が本当に正しいのか、私はいつだってわからない。
そんな私を見透かすように、ナナバはくすくすと笑い出す。
「おいで、おちびさん」
「ちびじゃない!」
このやりとりもいつもの事で、慈しむような瞳で私をそう呼ぶのだ。
「可愛いね、って言っているんだよ」
猫なで声でそう言われれば二の句は継げず、細く引き締まった腕が誘うまま、柔らかな香水が香る胸元に頭を預けた。
「なまえは甘えん坊だね」
「…ナナバがおいでって言ったのに」
言い訳がましく咎めれば優しい目元が苦笑に下がった。
この時の顔がどうしようもなく好きだ。
胸元に鼻先を擦り付けると、私を抱く力が強くなる。
ここは鳥籠のようだ。
囲いの中で甘やかされる鳥。
このまま小さな檻で二人だけでいられたらどれほど幸せだろう。
「ナナバ、行かないで」
そう思ったら切ない気持ちが込み上げてきて、少し泣きそうになった。
「行かないよ、どこにも」
今だけは仮初めの慰めでいい。
調査兵が特別強いわけでは無い。
明日死んでもおかしくないからこそ、皆こうして身体を寄せ合うのだ。
額に押し付けられた薄い唇は、抱擁と同じ温度を持っている。
眠りに入る前の心地良さに意識を委ねる瞬間が一番好きだ。
この細やかな充足感が永遠にも思えるから。
「いよいよ明日だね」
「…うん」
この部屋で唯一現実を刻む壁時計の針。
明朝の壁外調査までの時間は刻々と近付いていた。
「ナナバ…生きて帰るって、約束して」
出来ないお願いだと分かりきっている。
少し寂しそうに笑うその顔に胸が締まった。
「君を置いて死ぬのは心配だなぁ…」
独り言の様な響きにまた泣きたくなる。
あと何回あなたとこうして眠れるのか。
もし死ぬのなら、あなたより一秒でも先が良いと思うのは私の弱さだろう。
「なまえの泣き虫」
「…それも可愛いって意味?」
「もちろん」
子守唄の声がよく聞こえるよう目を閉じる。
この世界の何処かに居るはずの神に願った。
永遠に夜であれと。
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