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 今夜は月が*

とっぷり夜も更けて男は帰ってきた。
僅かに着崩れたシャツと疲れた顔。
それから。

「団長、香水臭いですよ。女物の」

歯に衣着せぬ部下の指摘に男は罰が悪そうに頭を掻く。

「…ミケは一人で十分だ」

支援者主催のパーティで金になる令嬢を兵団の為に抱いただけ。
わかっていても苛立つのは、愛情ではない筈だ。

ある程度の地位に登りつめると外に相手を作るのは面倒だし、家庭を持つなど以ての外。
それでも人間である以上欲求は蓄積するわけで、最初はただの同僚でしかなかったが、お互いの利害が一致したと気付いた時には割り切った関係になっていた。

「分隊長でなくてもわかります。さっさとシャワー浴びてそのどぎつい薔薇の香り落としてください」

白々しい敬語で跳ね除けた、つもりだった。

「なら君が落としてくれ」

言うなり、伸びてきた腕が慣れた動作で腰を抱きすくめ、アルコールの香る唇が塞ぐ。
意思を持つ舌が歯列をなぞり、あれよと言う間に舌先は絡め取られた。

蠢くそれは人の呼吸などお構いなしにひとしきり味わうように口腔内を舐め回し、混ざり合い溢れた唾液が口端を伝う。

とろとろふやけていく唇に、身体は正直にも絆されてゆく。
いつだってこいつは自分勝手だ。

未だ他の女の匂いを漂わせながら、さっき何処かの令嬢を脱がした手で私のシャツを剥ぐ。
彼の女なら頬を引っ叩いてやる権利はいくらでもあるのだろうが、生憎私は望んだことと言えどただの慰み物でしかない。

「っは、ご自分のこと、最低だと思いませんか…っ、」

節くれだった手に歪む乳房を霞んだ視界に捉える。
時折わざとらしく先端を掠める指が憎らしい。
まだ触れられてもいない場所は、充分過ぎるほど彼を求めていた。
それが悔しいようで恥ずかしいようで、睨み付けてやれば青い目は平然と受け止めた。

「思うよ。だがその最低な男に惚れた君の落ち度だとは思わないかね?」

誰が誰に、惚れていると。冗談にも程が有る。

「減らず口…!」

吐き捨てれば男は愉快そうに口角をつり上げた。

「お互い様だ」

壁に預けていた背を反転させられ窓の横に手をつけば、それから先は決まっていた。

「ふ、ぁあ、」

ゆっくりと確実に中を埋めていく怒張に腰は容易く震え出す。
崩れ落ちそうな下半身は彼の腕に抱きとめられ辛うじて床に立っていた。
ぐちぐちと響く粘液の音が脳から麻薬を分泌させる。

彼女だったら優しくかき抱いてベッドに運び、壊れ物みたいに扱うに違いない。
いや、きっとそんなことを考えるだけ無駄だ。
もうとっくに戻れない所まで来ている。

こんな動物の体位で勢いに任せ貪る下品な彼を、一体どれくらいの女が知ってきたのだろう。
所詮私も下品な男にのし掛かられる都合の良い女の一人だ。

「も、後ろからは、や…!」

背後から組み敷かれると直ぐ様彼のペースに飲まれてしまう。
いつもなら回避するのに今日は知らない女の香水に酔ったせいだ。

「そうかな?君は後ろからの方が些か反応が良いように思えるが」

「そ、んなこと、な!ばか、あうぅ!」

一層深い挿入に、胎内は快感を逃すまいと収縮を繰り返す。
女の本能か媚びる声が一人でに零れた。

「あ、んん!える、っ」

「こうしている時だけだな、君が私の名を呼ぶのは」

耳元に囁く優し気な低音も普段素っ気なくしている私への皮肉にしか聞こえない。
穏やかな声と対照に律動は強弱をつけ、巧みに快楽の先へと追い詰めていく。

「な、によ…!可愛げなくて、悪かったわね…っ!あ、ッ」

「いや、今の君はとても可愛い」

繋がる部分を固く結んだ蕾と共に撫でつけられると背筋が粟立ち、子宮に蓄積していた感覚が忽ち破裂した。

「は、うぁ…っ!!」

私達が共有出来るのは性感くらいのものだ。
不満や寂しさを寄せ集め、気まぐれに啄ばんで。

支えを失った脚はずるりと床に膝をつき、無様に壁に寄り掛かる私の前に大きな手が伸びる。

「はぁ、は…思ってもないこと、言わないでよ…」

「さっきのことか?」

欲を発散した瞳は憎いほど清々しく美しい。

厚い手の平を握ると、強い力に引き上げられた。

反動でぶつかった胸元は汗と男の匂いがする。
香水の匂いは消えたが、私の匂いもついていない。

どちらかが死ぬまで続くかもしれないし、明日終わってもおかしくない関係。
私達はやじろべえのような不安定なバランスの中に立っている。

「俺は君に嘘をついたことはない」

胸の奥底に蟠りにも似た愛着が滲む。

少年らしい眼差しで笑ってシャワーへ向かう背中へ届かない手を伸ばした。






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