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 失楽園*

何度シャワーを浴びても血が残っている気がする。

ああ、だめだ、だめだ、だめだ。

このままでは死んでしまう。
心が、冷たくなる。

人目も憚らず幹部兵舎に駆け込んだ。
ノックの余裕すら無く最奥のドアを開ければ、待ち構えていたようになまえを射抜く青がそこにあった。

「落ち着け。それから深夜の廊下は静かに歩きなさい」

その平静とした表情はより彼女の焦燥感を掻き立てる。
なまえはベッドを椅子、サイドテーブルを執務机代わりに就寝間際まで職務に励む上司に詰め寄った。
只事ではない雰囲気にエルヴィンもようやくペンを走らせていた手を止める。

「どうした、何をして欲しい」

川底に似て凪いだ瞳で問う襟元に縋れば、一瞬だけその色が揺らいだ。
はだけた襟を握り締め、エルヴィンの眼光に負けず見据える。

「犯して。何も考えられなくなるくらい、めちゃくちゃにして」

「…自分が何を言っているかわかっているのか」

普段より数段低い声で脅されても、彼女は揺らがなかった。
一見穏やかに見える男の眼差しは、奥に氷の刃を宿す。
覚悟も無くそんな言葉を吐けばどうなるかくらい分かっている。
ただ今はもう自分の身すら放ってしまいたくて必死だった。

「わかってる!!」

噛み付かんばかりに叫ぶ目尻には悲しみの涙が滲む。
絶望の色に曇る眼から零れるそれは、きらきらと生命の輝きに似て美しい。
エルヴィンは小さな顎を掴み、風呂上がりの濡れた口唇に食らいついた。

「静かにしろと、言っただろう」

角度を変えながら、次第に口付けを深める。
呼吸のタイミングも与えない、身勝手な舌が乱暴に嬲った。

苦しさに胸を叩いてくる腕を拘束し、そのままベッドへ押し倒す。
口腔への陵辱を解放すれば、ひゅうひゅうと気管が悲鳴を上げる。
釦が千切れんばかりにシャツを剥ぎ、露わになった胸元に痛みを伴う刻印を残していく。

なまえはシャツ越しでも分かる筋肉質な背にしがみつき、その一つ一つをがむしゃらに受け止めた。

分厚い手の平で乳房が歪み、馴染んだ身体は暴行紛いにすら反応する。
エルヴィンはまだ十分に潤っていないそこへ無骨な指を突き立てた。

「っ、は、痛っ、あぅ…!」

鈍い痛みに吐息と共に悲鳴を吐いて、彼女が二の腕に縋った後には爪痕が残る。
赤いそれは生きている人間の証拠だ。
彼は雑念を払い蠢く胎内を暴いていく。

一方的な辱めにも、身体は徐々に肉体としての喜びを取り戻す。
泣き声に似た喘ぎは男の劣情をいとも簡単に煽り、エルヴィンはらしくも無いと知りながら、勢いに任せ彼女の潤みへ性急に脱いだズボンから覗く欲望をいきなり埋めた。

どくどくと脈打つ塊は充足感と切なさを溢れさせ、霞んだ視界に幻影が映る。

今日死んだ戦友達の顔が浮かんでくる。
ビアンカとは今度の休みに出掛ける予定だったのに。
フローラの恋人の話もまだ聞いてなかったな。
パウルはこの前一緒に残業手伝ってくれたなあ。
もう綺麗な涙も出なくなった瞼の裏で、ひっそり泣いた。
生き抜き方は覚えても、この感情の捨て方は知らない。
だからある日突然息が出来なくなってしまうのだ。

彼らの背後の世界は漆黒の闇で、自分を誘っている気すらする。
なまえは慄きぎゅっと目を閉じた。

「なまえ、俺を見ていろ。目を逸らすな」

不意に救いの声が頭上から降った。
目の前いっぱいに青空が広がる。
激情の蒼い炎は矢の如くなまえを捉えた。
そこに彼女に対する同情や憐みは微塵も無い。
それでも彼女は知っていた。

彼は優しいと。きっと彼自身は気付いていないけれど。
このどうしようもできない感情の捨て場にすることを許してくれているのだから。

「エルヴィンお願い、お願いよ…」

居なくならないで。
置いてかないで。
死なないで。
独りにしないで。

そんな切望を言える訳は無く、迫り来る快楽に委ね飲み込んだ。

肌に触れる汗も、首筋にかかる熱い息も、全てに血が流れている。

こんな時に何故かなまえは昔読んだ禁書の話を思い出していた。
かつて、神は男と女を創ったという。そして禁断の果実を食べ知恵をつけた二人は地上に追放された。

ならば、私たちは罪の子どもとでもいうのだろうか。
世界を知ってしまった罰を思って、大きなうねりと小さな欲の狭間で灯る命を抱いた。










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