気に掛ける
「あの、ブレークダウン様」
ネメシス艦内の通路を歩いていたブレークダウンは、ふと聞こえた自分を呼びとめる声に、くるっと振り返った。
「ん?おまえは確か…」
「一般戦闘兵のなまえです」
そう言ってぺこりとお辞儀をする彼女は、確かこのネメシス唯一の女性兵だ。
ブレークダウンはもじりとした様子のなまえに首を傾げた。
「ところで、何か用か?」
「!あ、はい。その…」
「?」
「実は、一言お礼を言いたくて…」
「…礼?」
身に覚えがない。礼を言われるようなことなどしただろうか。
ぽりぽり、ヘッドパーツを指で掻いて目の前の戦闘兵をじっと見る。
すると彼女は、緊張した表情で口を開いた。
「はい。先日の戦闘の際に助けていただいたことのお礼です。覚えていらっしゃらないのも無理は無いと思いますが…それでも、ありがとうございます」
「戦闘……」
深々と礼をするなまえを見て、前の戦闘の様子を頭で思い浮かべる。確か、エネルゴン採掘場での戦闘だ。そこで、はたと思い当たる節が1つあった。
「…もしかして、あの時必死にエネルゴン運び出してたのって、お前か?」
「…あ、はいそうです。恥ずかしながら、戦闘力は大してありませんので…」
一般兵の一人がエネルゴンを運んでいたのをかばったことは覚えている。
あの時、かなりの量のエネルゴンが採掘済みだった。結局撃ち合いの末大部分が爆発してしまったのだが、その兵のおかげで思いのほかネメシス内に運ばれていて無事だったと後に聞いた。なるほど、あれはこいつだったのか。
「お前、あん時はよく頑張ってたよな。おかげで、かなりのエネルゴンが爆発せずに済んだし。で、怪我は無かったか?」
「あ、はい!お陰様でどこにも」
「ん、そりゃよかった」
ぐりぐりその頭を撫で繰り回すと、照れくさそうにはにかまれる。
その仕草に、ほんの少しときめいてしまった。
男所帯なディセプティコンじゃ、滅多にこんな可愛らしい存在にも会えない。まして、普段上司の尻ぬぐいやらなんやらに奔走している身には癒しだ。
なんで今までこいつのことを気にかけていなかったんだ。少しの後悔が胸に湧き上がる。
「まあ、あんまり無理すんなよ。困ったことあったら遠慮なく俺に言え」
「そ、そんな恐れ多い…」
「何言ってんだ。部下を気に掛けるのも上司の役目だろうが」
少しの下心が含まれていないと言えば嘘になるが、ブレークダウンにとっては本音でもある。
「ありがとうございます…」
「おう」
感激したようなその視線に照れくさくなって、最後にもう一度ぽんと頭を叩いて離れた。
「すみません、お時間を取らせて…。それでは、仕事がありますのでお先に失礼します」
「おう、またな」
敬礼をして去っていったなまえの後ろ姿をじっと見守る。
「見ーちゃった」
「うおっ!!?」
いきなり後ろから声をかけられ、ブレークダウンは飛び上がった。
「のののノックアウト!!?お前いつから!」
「『はい。先日の戦闘の際に助けていただいたことのお礼です』辺りから」
「ほぼ最初からじゃねーか!」
「まあまあ。照れるなよ」
「うるせえ!」
にやにやしているその顔を殴ってやりたい…。拳を握りながらそう思っていると、ポンと肩に手を置かれた。
「『何言ってんだ。部下を気に掛けるのも上司の役目だろうが』」
「ぶっとばす!!!!」
「ははは、まあ応援してるから頑張れ。あの子一般兵の間じゃ人気みたいだしな」
「そんなんじゃ…ああもういい」
ぐったりしてしまったブレークダウンを、ノックアウトはニヤニヤしながら見守った。
「じゃあまあ、今後の対策でも練るか」
「それよりも、とりあえずお前は仕事しろ」
彼の心労がまた一つ増えた。