あやめも知らぬ





 見回りが終わったらおいで、とシャマルからメールがあったのは、まだ朝のうちだった。今日は祝日だが雲雀は平日と同じように登校し、それから町内の見回りに出かけたが、いつもより早く切り上げて小高い場所に立つマンションへと足を向けた。今から行くと告げると、電話口の向こうから甘い声が返ってきた。取り締まりよりもこの男を優先するなどどうかしていると思いながらも、足取りは早くなる。
 シャマルとは3月までは養護教諭と生徒として同じ学校に籍をおき、校内で顔を合わせることもあったが、雲雀が高校に進学してからは会う機会が減っていた。
「待ってたよ〜」
 ドアを開けるなり電話口より甘ったるい声がして、上がるやいなや抱き寄せられた。雲雀は驚いて一瞬抗いかけたが、すぐに力を抜いた。
「お誕生日おめでとう」
 シャマルは耳朶に触れるほど近くで囁いた。あどけない表情で見上げる雲雀の唇に口づけ、髪を撫でる。雲雀はシャマルの首筋に額を寄せ、ぎゅっとしがみついた。リビングに入るとテーブルに置かれた花に目が留まった。
「菖蒲(あやめ)?」
「当たり〜」
「菖蒲(しょうぶ)じゃないんだ」
「アヤメのほうがヒバリっぽいかなぁと思って」
 秩序や鋭さに加えて気品のある紫色はまるで雲雀のように思えた。
「菖蒲(しょうぶ)は束ねて刀にするんだよ。勝負にも通じるし」
 黒瞳に好戦的な光が閃く。
「え〜。折角のお誕生日なんだから華やかにしようよ〜」
 シャマルは雲雀の手を取り指を絡める。左手の薬指に唇を寄せた。雲雀は今日で十六歳になる。女性ならば婚姻が可能な年齢だ。
「別に誕生日なんて」
「大切な人が生まれてきた大切な日だよ。お祝いしたいじゃない」
「華やかである必要性は感じないね」
「ヒバリが好きだよってたくさん云って、いっぱい表現したいんだよ」
 シャマルはにこりと笑って、つんと尖った朱唇に啄むように口づけた。雲雀はちろりとシャマルを睨んだが、眦がほんのり赤い。
「う〜ん。やっぱりショウブも良かったな〜。"ほとゝぎす鳴くやさ月のあやめ草〜"って、ショウブのことなんだろ」
「花自体はあんまり関係ないけど…」
 首を傾けながらの言は、云いさしになった。雲雀の白い頬にも朱が差す。
「先生には、もともと文目なんて縁のない言葉でしょ」
 雲雀はぶっきらぼうに云って、ぷいっと顔を背けた。
「ひどいわ〜」
 シャマルは微苦笑を浮かべて雲雀の頬に手のひらを添えた。
「俺をそんなふうにさせるのは、今目の前にいる可愛い小鳥ちゃんだけだぜ?」
 促されるまま素直に正面に向き直った雲雀と、雲雀を見つめていたシャマルの視線が絡み合う。シャマルの軽い口調と裏腹な真剣な眼差しに、雲雀は動揺する。けれど、逸らすことはできない。ゆっくりと瞬いて、雲雀もシャマルの頬へと手を伸べる。シャマルは穏やかに笑んだ。引き合うように唇を触れ合わせる。
「お誕生日おめでとう。これからもずっとお祝いさせて」
 シャマルはポケットに忍ばせていた指輪を取り出し、恭しく持ち上げた雲雀の左手の薬指にはめた。雲雀はこくんと頷いて、シャマルの左胸に手を当てた。





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