近距離恋愛




 真っ暗な部屋のなかで雲雀は目を覚ました。何度か瞬きをして、起きあがる。目が慣れてくると、シャマルのマンションだと解る。
「先生?」
 室内には雲雀一人だ。ベッドを下り、リビングへと向かった。開いていたドアから足を踏み入れると、ソファの上に白い上着が見えた。
「先生」
 呼びかけながら近づくが、シャマルが起きる気配はない。
「せんせい?」
 微動だにしない白衣姿に不審を覚える。閉ざされた瞼は青白く、唇も色を失っている。呼吸も拍動もなく、触れた身体はひどく冷たかった。

 自分の悲鳴で、目が覚めた。視界に映るのは自室の天井だ。荒い呼吸と動悸がうるさい。雲雀は胸を押さえようとして、その手が震えていることに気づく。
 夢だ。
 そう思っても、ひやりとした感触が甦って震えが治まらない。ぐっと手の平を握り込み、反対の手で覆う。深く息を吸い込んで、ゆっくりと吐き出した。
 時計を見ると時刻は真夜中だったが、雲雀は携帯電話を開いた。まだ、震えている。滅多にかけないシャマルの番号を呼び出す。3回、4回と呼び出し音が鳴るごとに、鎮まっていた鼓動が早鐘を打ち始める。声が口をついて出そうになるのを、堪える。数十秒にも満たない時間が、気が遠くなるほど長く感じられた。
『ヒバリ?』
 電話の向こうの少し眠そうな声に、雲雀は泣きそうになった。

 真夜中に、耳慣れない音楽に起こされた。それが雲雀専用の着信音だと気づき、シャマル慌てて電話を取った。その瞬間、電話機を通して雲雀が安堵したのがはっきりと伝わってきた。
「ヒバリ?」
 こんな時間にどうしたのだろうと怪訝に思ったが、雲雀は無言だった。
「どうした? 具合悪い?」
 問いかけにも、答えは返らない。ただ、様子が奇怪しいことは容易に知れた。
「眠れないの?」
 常とは違う息づかいに、シャマルは不安を覚える。
「せっかく電話くれたんだから、声聞かせてよ。淋しいから、直接聞きに行っちゃおうかな〜」
『……』
 雲雀が何か云いかけて口を噤む気配が伝わってくる。
「寝れないなら添い寝だってしてあげちゃうよ〜」
 電話越しに雲雀の様子を窺いながら、シャマルは手早く出かける準備を整えた。
「すぐ行くから待っててね」
 通話を切る間際にも、いつもなら来そうな憎まれ口はなかった。

 自分からかけておきながら、口を開いたら出てくる声が震えてしまいそうで、結局雲雀は一言も発せなかった。けれど、受話口の向こうの柔らかな声は雲雀の異変を察知して、望む言葉を与えてくれた。
 電話の呼び出し音を数えているときよりは落ち着いた心持ちで、けれどもやはり一分一秒をいつもより長く感じながら、雲雀はシャマルを待った。もうそろそろ着く時間だろうかと思っていると、携帯が着信を告げた。
『待たせてごめんね。もう着いたからすぐ上がるよ』
 雲雀は携帯を持ったまま玄関に向かう。科白どおり、待つほどもなくドアが開いた。けれど、待ち焦がれた姿を前にしても、雲雀の足は竦んで動けなかった。

「お待たせ〜」
 シャマルがドアを開けると、不安を浮かべた雲雀が立ち竦んでいた。シャマルは急いで痩身を抱きしめる。
 雲雀は無言でシャマルにしがみついた。甘い声と温もりと確かな鼓動に包み込まれる。やっと、夢を夢だと実感した。
「どうした? 怖い夢見た?」
 シャマルは小さな頭を撫で、それから慈しむように背をさする。強ばっていた身体が解れていくのが伝わってくる。髪を梳き、手の平で促すと、俯けられていた面がぎこちなく上がった。乾いた唇に口づける。あえかな吐息が漏れ、朱唇が戦慄いた。
「せんせー」
「うん」
「──夢で良かった」
 掠れた声で云って、雲雀はまたシャマルの肩に顔を埋めた。なんとなくどんな夢だったか察しはついたが、敢えて確かめるようなことはせず、シャマルは黙って雲雀を抱きしめた。

 目が覚めたとき、室内はまだ暗かった。慣れるのを待つまでもなく、雲雀はそこが自分の部屋のベッドの上で、すぐ隣にシャマルが寝ていることを知る。沸き上がりそうになった不安は、穏やかな寝息とパジャマ越しの体温に追い払われる。ほっと息を吐くと、シャマルが身動いだ。瞼が開く。
「どうした? また嫌な夢見た?」
 抱き寄せられ、雲雀はシャマルの胸でゆるりと首を振る。
「じゃあ、もう少し寝よう」
 シャマルが云うと、今度は頷いて雲雀は目を閉じた。

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