星の降る場所で





 日本では四月の終わりから五月の一周目にかけて祝日が多く、ゴールデンウィークと呼ばれている。シャマルの恋人の誕生日は通常の並びであればその最終日だが、今年は翌日まで休みだった。大型連休で、海外旅行客が増えているとニュースが伝えていた。
「俺らも行かない?」
「里帰り? 一人で行きなよ」
「違う違う。南半球」
「イタリアでも南極でも同じだよ。僕は忙しいんだ」
 ちらとテレビを見やり、雲雀は素っ気なく云う。
「つれないこと云わないでよ〜。ちょうど小鳥ちゃんのお誕生日の頃、流星群が見られるんだよ〜」
 極大は6日だそうだが、前後数日は同じくらいの流星が期待できるらしい。日本でも観測できないことはないが、条件が悪い。
「ワォ。貴方、天体観測が趣味だったの。生憎と僕は興味ないから一人で行って」
「いやいやいや。大事なのは小鳥ちゃんのお誕生日。流星群の出現時期と重なってるから、旅を楽しみつつ流れ星の下でお祝いできたらロマンチックだな〜って思わない?」
「思わないよ。酔狂だとは思うけど」
 冷ややかとさえ取れそうな返答に、シャマルは眉をハの字に下げる。
「一年に一度の大事な日なのに。それも、おつき合いはじめて最初のお誕生日なのに」
「ゴールデンウィークは風紀が乱れやすいから忙しいんだよ」
「ワーカーホリックもほどほどにな。五日はお誕生日休暇」
「風紀委員にそんなのないよ」
「今年から作ろうよ」
 仏頂面の雲雀ににこりと笑いかけ、シャマルは尖った唇にちゅっと啄むように口づけた。

「月が綺麗だね」
 五月五日、祝日のその日、何だかんだ文句を云いながらも、雲雀は早めに見回りを終えてシャマルのマンションを訪れた。電話でもメールでも貰っていたが、あらためて誕生日を言祝ぐシャマルに擽ったいような気持ちになった。メッセージプレートの乗ったホールケーキが出てきた以外は取り立てていつもと変わりなく時間を過ごし、前日が曇天だったこともあって天体ショーのことなど雲雀の頭からはすっかり消えていたが、シャマルはそうではなかったらしい。
「流星観測には邪魔なんじゃない?」
「まあ、そうだな」
 でも、と、シャマルはそっと細い肩を抱き寄せる。
「月が綺麗だ」
 観月というにはあまりに真摯でもっと違う熱の籠もった囁きに、雲雀は小さく息を呑んだ。
「似合わない」
 早くなった鼓動を誤魔化すように、雲雀はぼそりと吐き落とす。
「ひどいな〜」
 シャマルは微苦笑を浮かべ、雲雀の指に自分のそれを絡めた。
「月明かりにも、流れ星の輝きにも勝てないけど」
 もう一方の手で、ポケットに入れておいた小箱を取り出す。薔薇の形をした紅いビロード張りの小箱だった。指先に力を入れると、ぱこんと蓋が開く。
「誕生日おめでとう」
 現れたのは眩い光を放つダイヤモンドのリングだった。夜空の中心に一際強く輝く星のように、大粒のダイヤが一粒だけのシンプルなリングだ。
「流星群の下で渡したかったな。あの輝きには勝てなくても、あの星が消えても、夜空を照らす無数の星よりももっとずっと、ヒバリが好きだって」
 シャマルは手を離して黒髪を撫でた。リングを見つめていた雲雀の視線がつられたように上がる。
「付き合い始めてそんなに経ってないし、最初のプレゼントが指輪じゃ重いかとも思ったけど、最初だからこそ大事にしたかった」
 雲雀は再びリングに目を戻して摘み上げると、黙って左手とともにシャマルに向けて差し出した。シャマルは小箱を置いて、雲雀の手を取る。打撃武器を愛用しているとは思えないほどほっそりとした手に口づけ、薬指に指輪を嵌めた。
「流星群なんて今年じゃなくたって見られるよ」
「じゃあ、来年…も無理か。卒業したら見に行こうよ」
「覚えてたらね」
「毎年思い出すよ」
 額に眦に頬に、そして唇に、シャマルの唇が触れては離れる。その合間に、何度もおめでとうと愛してるが囁かれた。

 星空に一条の光が過る。
「ヒバリ、誕生日おめでとう」
 シャマルはそう云って、軽く握っていた掌を上に向けて開いた。やや長めに見えた流星の続きのように、指輪がきらきらと輝いている。
「結婚10年目じゃないけど、10回目のお祝いだから。沢山の星を、いくら言葉にしても足りないくらい愛しい小鳥ちゃんに」
 雲雀の細い指を飾るシャマルと揃いのプラチナリングに、ダイヤモンドのフルエタニティリングが重ねづけされる。雲雀は左手を顔の高さまで持ち上げ、手の甲、平と何度か返しながらしげしげとリングを見つめた。その視線の先にまた流星の輝きが過り、シャマルからの愛の言葉が続いた。
「ありがとう、先生」
 雲雀は手をシャマルの掌に重ね、指を絡ませた。シャマルと眺めていると、常と違う光を見せる夜空も悪くないと思える。消えてゆく星の名残は美しく、その度に囁かれる睦言と触れあう熱は心地良かった。




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[mokuji]



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