君が望んだどんな場所へも





 ちらちらと白い小さな雪片が空から落ちてくる。こんな日でも雲雀は薄着で風紀委員の仕事に勤しんでいるのだろうかと思いながら校舎内を歩いていたシャマルは、裏庭の見下ろせる廊下で足を止めた。
 案の定学ランを肩に引っかけただけの雲雀と、金髪の美丈夫と黒髪の偉丈夫が三竦み状態で立っていた。
 ボンゴレリングを巡る争いの渦中で、雲雀はキャバッローネのボスと出会い、ヴァリアーのボスと再会した。雲雀の家庭教師を務めたディーノが、終了後も事あるごとに雲雀を訪ねていることは知っていた。ザンザスにとって雲雀が特別な存在であることは以前から知っている。互いに立場のあるもの同士、やりあうわけにもいかず睨み合っているのだろう。シャマルはぐっと奥歯を噛みしめた。間にいるのが違う人間だったなら高みの見物もできただろうけれど、今はただ苦しいばかりだ。
 不意にザンザスが視線を上げた。距離はだいぶあるが、気づかれたかも知れない。シャマルは気づかなかった振りをした。ザンザスもほんの一瞬だけで、何事もなかったように元に戻った。そして、ザンザスの差し出した手を、雲雀は取った。何事か云い募るディーノを顧みることなく、雲雀は引き寄せられるままザンザスの腕に収まった。
 シャマルは手の平を握り込み、その場を離れた。

「キョウヤ」
 ディーノが呼ぶと嫌がる名前を、ザンザスは当然のように口にした。雲雀はぱちりと切れ長の目を瞬かせて、ザンザスを見上げる。ディーノはちりちりと胸を灼かれながら二人を見やる。綱吉側の守護者のなかで、明らかに雲雀に対してだけザンザスの態度が違う。雲雀のほうも、初めから味方であるはずのディーノに対するよりも警戒心が薄い。
「あなたも、暇なの」
「暇じゃねぇが、てめぇに会いに来た」
 ザンザスはまっすぐに雲雀を見つめる。その眼差しは、太陽が西から昇るのではないかと思えるほど柔らかい。呆然とするディーノを後目に、ザンザスは雲雀に向けて手を伸べた。幾許かの逡巡ののち、雲雀はそこに自分の手を重ねた。
「ちょっ。恭弥、俺だって暇じゃねーけど、一緒にクリスマスを過ごそうと思って」
 電話もメールも相手にしてもらえないから、時間を作ってこうして会いにきたのだ。ディーノは慌てて手を伸ばそうとしたが、痩身はすでにザンザスの腕のなかだった。

 ホテルの最上階から夜の街並みを見下ろす。ビルや街灯の合間を車のライトが流れ、夜の底をきらきらと輝かせている。クリスマスイヴになれば更に華やかになるだろうが、風紀が乱れるから取り締まりを強化しないといけないだろう。雲雀はそっと息を吐く。
「どうした?」
「やっぱり暇なんじゃないの」
 少し険しい顔つきにザンザスが問うと、雲雀は小首を傾げた。
「クリスマス当日は仕事だ。へなちょこと一緒にするな」
「奇遇だね。僕も仕事だよ」
「てめぇは藪医者と過ごすんじゃねぇのかよ」
 学生はすでに冬休みだと聞いている。あのたらしがこんな絶好のイベントを逃すとは思えない。
「なんで、先生?」
 雲雀はさっきとは反対側に首を傾ける。
「日本じゃ、クリスマスはそういうもんなんだろ」
「神父や牧師ならともかく、医者や教師と過ごす日ではないよ」
 綱吉らが集まってクリスマスパーティをすると云っていたから、シャマルも沢田家へ行くのだと思っていた。そうでなければ、街へ繰り出してナンパだろう。恋人でなくとも女と過ごす光景が一番しっくりくるかも知れない。容易に想像がつく光景に、けれど雲雀の胸は痛んだ。視線を床へと落とす。無言で、逞しい腕に抱き寄せられた。
 ザンザスは泣きそうな表情の雲雀を腕に囲い、小さな頭を撫でた。シャマルに対する怒りがふつふつと沸き上がる。
「一緒に来るか?」
「仕事なんでしょ」
「だからだ」
「猿山に加わるつもりはないよ」
 ザンザスに身を委ねたまま、雲雀は仏頂面で答えた。
「どこにも加わるつもりなんざねぇだろ」
「解ってて聞いたの」
「別にヴァリアーに入らなくても仕事はできる。俺はてめぇなら歓迎だがな」
 ザンザスは気分を害した様子もなく、また雲雀の頭を撫でた。思い描いたよりもずっと強くまっすぐに成長した子どもを愛しいと思う。手元に置きたいとも思うが、雲雀が望まないことは解っている。記憶がなくとも、昔も今も雲雀が選ぶのはシャマルだ。
「行かないよ。僕も仕事があるからね」
「ガキはさっさと寝てサンタクロースでも待ってやがれ」
「不法侵入者は取り締まるよ」
「可愛げのないガキめ」
 ザンザスはひょいと雲雀を抱き上げた。雲雀は数度目を瞬かせ、ザンザスの肩を押したが全く歯が立たない。
「欲しいもんはねぇのかよ」
「──ないよ。強いて挙げるなら現金かな」
「っとに可愛げがねぇな」
「あるわけないよ」
 雲雀はつんと頤を逸らす。ザンザスは苦笑を漏らし、雲雀を抱えたままベッドルームに向かう。
「明日も仕事かよ?」
「当然」
「ガキは休みだろ」
「風紀委員に休みはないよ」
「休め。行きてぇとこに連れてってやる」
「学校」
「……他にねぇのか」
 呆れたように云いながら、ザンザスは雲雀をベッドに下ろした。
「──ないよ」
「藪医者のところでもいいんだぜ」
「それ、嫌がらせ?」
「少し早ぇクリスマスプレゼントだ」
「どこが…」
 雲雀は眉間に皺を寄せた。女好きのシャマルに対する嫌がらせとしか思えない。雲雀には優しくしてくれるけれど、彼らの間には某かの因縁があるようだし、迷惑以外の何物でもないだろうと思う。僅かでもシャマルに嫌な顔をされたくない。
「会いたいんだろ」
 無骨な指の先が、そっと雲雀の眉間に触れる。雲雀はかぶりを振ったが、言葉は出なかった。会いたくて苦しい。けれど会っても苦しくて、傍にいると怖くなる。雲雀は何度もかぶりを振って、ザンザスの胸に顔を埋めた。





[ 5/8 ]


[mokuji]

top


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -