君の傍に
見慣れた屋上からの景色で、雲雀は10年後の世界から戻ってきたことを確かめる。そういえば昼寝の最中だったと思い出すと、急に眠気に襲われた。頭上を飛び回る小鳥を見ながら横になろうとしたが、階段を上がってくる足音に邪魔された。得物をセットして、ドアを注視する。
現れたのは、白衣姿の男だった。
「やっぱりここか」
痩身から放たれる殺気を物ともせず、シャマルはゆったりとした足取りで雲雀に歩み寄る。雲雀は床を蹴り、シャマルの頭部を狙ってトンファーを振り下ろした。
「ぉわっ、あっぶねーなぁ」
シャマルはひょいと雲雀の攻撃を躱し、振り返りざまに二撃目を放とうとした手を押さえた。
「元気そうで何より」
「当然でしょ」
雲雀はシャマルを睨んだ。そんなに変わっているように見えなかったけれど、やはり少し前に別れた未来のシャマルよりも若い。10年後の世界で雲雀の研究施設にいたということは、ずっと傍にいたということだろうか。不意に息苦しさを覚えて、雲雀は顔を顰めた。シャマルの眉も曇る。
「どうした?」
シャマルは細い手首を握っていた手を離し、長い前髪を掻きやって額に触れた。雲雀は益々顔を歪め、シャマルを振り払うようにかぶりを振った。
「冷えるから、建物の中に入りな」
シャマルがトンファーを持ったままの雲雀の背中を押すと、雲雀は素直に歩きはじめた。10年後も自分が雲雀の傍にいられるらしいことを知って、シャマルは嬉しかった。雲雀を深く傷つけたことが許されるとは思っていないけれど、叶うならば、この先はずっと傍らで見守りつづけたい。
「寝るなら保健室においでよ」
「寝ない。貴方のせいで眠気が醒めた」
雲雀は思い出したようにシャマルの手を払いのけ、トンファーの先を突きつけた。
「えー。よし、子守唄歌ってあげよう」
「いらないよ。そんなことより戦ってよ。運動したら眠くなるかも」
「いやいや。俺は可愛い子ちゃんとは戦わないの」
シャマルがトンファーを押さえると雲雀は不服そうに唇を尖らせたが、温順しく得物を収めた。
「ココアがあるから飲んでいってよ」
シャマルは小さな頭を撫でる。雲雀は小首を傾げた。
「コーヒーじゃないの」
「眠れなくなっちゃうでしょ」
「眠れるよ。でもココアがいい」
再び歩きだしながら、雲雀はぶっきらぼうに云う。その口調のなかに甘えが混じっていることに気づいたのはシャマルだけだった。シャマルはこみ上げる愛しさと抱きしめたい衝動を、ぐっと手の平を握り込んでやり過ごした。
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[mokuji]
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