瞳の奥に





 手首から注入された毒のせいで、全身が熱い。朦朧とする意識のなか、雲雀は霞む視界にザンザスの姿を捉える。
 このグラウンドへ向かうとき、ほんの一瞬だったけれどザンザスの視線を感じた。そこには綱吉に対するようなぎらついた殺意はなかった。かといって部下すら含めた他者へと向けられる虫けらでも見るような目とも違っていた。けれどそれ以上を考える余裕はなく、灼け付くような痛みに全身が蝕まれていく。雲のポールを倒してリングを手に入れようと思うが、身体がついていかない。トンファーを出す前に膝が落ち、そのままグラウンドに倒れ込んだ。トンファーを握りしめて起き上がろうとするも、顔を上げていることもできない。
 瞼が閉ざされる、直前だった。
 空気が唸りを上げ、後方から破裂音が上がった。
「…!」
 はっきりとまではいかないものの、途切れそうだった意識が引き戻される。身体を引きずって後ろを見れば、雲のポールを囲む三脚のような支柱の脇の地面が抉れている。ザンザスの放った弾丸だろう。まただ、と思う。雲雀は身の内を食む灼熱を堪え、身体を起こす。トンファーを構え、目の前の柱めがけて振り下ろした。

 ふらつきながらも雲雀が立ち上がったのを、ザンザスは目路の端に捉えた。立ち上がったなら、自分でポールを破壊してリングを取れると確信する。レーザーに灼かれた脚が気がかりと云えば気がかりだが、その程度の怪我やデスヒーターであの子どもの戦闘意欲が殺がれることはないだろう。
 どこまでも真っ直ぐに強さのみを求める眼差しは清々しくさえあった。こんな平和な街の生温い空気で育ったとは思えない殺気だったけれど、こんな街だからこそ伸びやかに真っ直ぐに育ったのだろう。
 この先、同じ世界に生きることになるのなら、手元に置いておきたい。
 ザンザスはそのためにも倒すべき相手へと向きなおった。

 ザンザスの放った弾丸の行く先に気づき、シャマルは奥歯を噛みしめた。雲雀の近くの地面が抉れている。雲雀を狙ったのでも、もちろん手元が狂ったのでもない。ザンザスが雲雀を傷つけることはないとシャマルには解っている。雲雀に雲のポールを倒させるためだろう。ポールを直接狙わなかったのは、さすがに雲雀が綱吉側の人間だからか。あるいは、雲雀なら己の力で倒せると踏んでのことかもしれない。
「……」
 口をついて出そうになる名前を辛うじて飲み込み、シャマルはザンザスを見上げた。かつて頻繁に顔を合わせていたころより、不遜さも凶暴さも増している。ゆりかご事件に至るまでの間に何があったのかは知りようもないし、知ったところで役に立つものでもない。ただ自分に向けられる怒りだけは痛いほど感じ取れた。シャマルはぐっと手の平を握り込んだ。

「エース君、ボスと知り合い?」
 ベルフェゴールはナイフを弄びながら、前日からの疑問を口にした。あのザンザスがあろうことか綱吉側の守護者候補を助け、そればかりか怪我を気遣う素振りまで見せたのだ。良からぬものでも食べたのかと思ったほどだった。
かててくわえて、あれほど綱吉側の人間は皆殺しだと云っていたにも拘わらず、雲雀だけは殺さぬよう命令が下されていた。
「知らないよ」
「まさか、一目惚れ? あのボスが?」
 ベルフェゴールは自分で云って、ありえねーと自分ですぐに否定する。確かに綺麗な顔立ちではある。戦うことにしか興味がないようなところもザンザス好みだろう。考えると混乱しそうだった。
「ボス猿のことは今は関係ないと思うけど?」
 雲雀は愛用の得物を構える。ザンザスが自分を知っているのか、知りたいのは雲雀のほうだ。けれど思い返すと心が乱れるから、戦闘に不要な思考は切り捨てた。
「一応、ボス戦じゃん、これって」
「僕には関係ない」
 関係なくはないだろうとベルフェゴールは思ったが、雲の守護者戦に勝利した雲雀が指輪を投げ捨てていたのを思い出す。
「エース君、面白いね」
 孤高の浮き雲という表現がしっくりくる。あの機械の代わりに、ザンザスの雲の守護者としてヴァリアーに迎えるのも悪くないかも知れない。トンファーとナイフを交えながら、ベルフェゴールは沸き上がる昂揚感を必死に押さえ込む。
「夢中になって命令違反なんてなったら、洒落になんねー。今でも充分やべーよな」
 ベルフェゴールは、ナイフとワイヤーによる出血に頓着することなくトンファーを振るう雲雀から離れる。
「命令…?」
 雲雀はベルフェゴールの口から思わず零れた呟きを聞き咎めた。ベルフェゴールは一瞬雲雀から視線を逸らす。常ならば突ける僅かの隙を、けれど雲雀は見逃した。ベルフェゴールの後ろにいるザンザスの存在が雲雀を惑わせる。双方から戦意が失せる。
「エース君はボスの抹殺リストに入ってないから、その辺で温順しくしててくんねー?」
 ベルフェゴールはひょいと肩を竦めて云った。うっかり口を滑らせてしまったが、考えてみればすぐにばれるような内容だ。
「皆殺しに来たんじゃなかったの」
 ナイフをしまったベルフェゴールに合わせるように、雲雀もトンファーを下ろした。不可解極まりない命令に困惑する。けれど、それを隠すように目の前の相手を睨んだ。
「指図は受けないよ」
「結構傷深いんじゃね? お仲間が大事かも知んねーけどさ、諦めてよ」
「仲間?」
「あれれ? さっき助けようとしたじゃん」
「校内で生徒に死人を出すなんて見過ごせるわけない」
「しし。やっぱ面白ぇ」
 バイビ、とまるで馴染みの相手に云うように気安く云って、ベルフェゴールはその場を後にした。
 去っていくナイフ使いの背中を見送って、雲雀は上空を仰ぎ見た。

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