イワイノキ





 パイプベッドの上で丸くなっている子供に、シャマルは頬を緩めた。きつい眼差しの隠された寝顔は、平生からは想像もつかないほどあどけない。
 ベッドのほうが寝心地がいいから保健室においで、と云ったのは、黒曜との一件のあとだった。それ以前は、なるべく関わらないようにしようと思っていた。勝負をしかけてくる雲雀をかわしつつ、少し離れたところから見守っていくつもりだった。シャマル好みに成長してしまった容貌と性格に、幼い頃には覚えようのなかった邪な欲望を自覚すればなおさら、近づかないようにしようと戒めていた。
 シャマルは溜め息を吐き出し、そっとベッドを離れた。
 雲雀が頻繁に訪れるようになったのはリング戦のあとだ。平和な街で普通の子供と同じように生活していたはずだったが、雲雀の眠りはひどく浅かった。邪魔しないようにと気配を消したら、目が覚めたあとで不機嫌にしてしまったこともあった。
 距離が縮まるごとに愛しさと苦しさが募っていった。傍にいられる喜びと、平穏な世界に暮らしていてほしかったという思いが、シャマルのなかに同時に存在している。けれど、雲雀の性分ではそもそも平穏など望まなかったかもしれない。もう叶わない望みよりも、この先傍らにありつづけることを考えるべきだろう。
 シャマルは、自分が思っていたよりも雲雀のなかで自分の存在が大きいことをザンザスに教えられた。再会して、会ったのは片手で足りるほどだろうに、ザンザスのほうが雲雀の気持ちに敏いようだった。
 カーテンの向こうで人の起きる気配に、シャマルは再びベッドに歩み寄った。
「起きた? コーヒー飲む?」
 雲雀は大きく伸びをしてシャマルを振り向き、こくんと頷いた。
「このあとは?」
「見回り」
 ソファに移動しながら、雲雀はまだ眠そうな声で答える。シャマルがインスタントのペーパードリップをセットするのをじっと見つめる。
「じゃ、そのあとうちに来ない?」
「行かない」
「即答かよ。つれないなぁ」
「普通だよ」
「来てよ〜。俺、今日誕生日なんだよ」
 シャマルはマグカップをテーブルに置き、雲雀の横に腰を下ろした。
「だから?」
「お祝いしてよ」
「僕には関係ないよ」
「え〜。クリスマスも新年も一緒にお祝いしたじゃん」
「それと、何の関係があるの」
 雲雀はふうっと褐色の水面に息を吹きかけ、カップに口をつけた。
「パーティする日だろ。云ったろ。去年よりもっとヒバリと一緒にいたいって」
「……知らない」
 雲雀はカップをテーブルに戻し、シャマルから顔を逸らす。誘われて嬉しいと思う気持ちと、傍にいると苦しいと思う気持ちとが鬩ぎあう。
「ヒバリ」
 それまでと違う真摯な声に呼ばれて、雲雀はそろりと頭を巡らせた。
「ごめんね。無理にとは云わないよ。ただ、誕生日をヒバリと過ごせたらいいなぁって思ったんだよ」
「何で、僕なの。貴方が好きなのは女で、男は嫌いなんでしょ」
 何度も口にした科白だった。その度にはぐらかされて、明確な答えをもらったことはない。
「ヒバリが可愛いから」
 シャマルの返答に、雲雀はむっとした表情で睨みつけた。けれど、ふざけた色のない眼差しに、今度は戸惑う。はぐらかされると苛立つのに、真剣な顔をされるとどう対応していいか解らなくなってしまう。シャマルの目が和らいだ。
「顔が好みなのはもちろんだけど、他のところも、ヒバリの全部が可愛くて大事なんだよ。すぐに戦いたがるのは困りものだけど」
 シャマルはテーブルの上の雲雀の手を包む。
「女の子はだいたい好きだし、男はだいたい嫌いだけど、皆が皆ってわけじゃないぞ」
 雲雀は戸惑いを浮かべたままシャマルを見つめる。シャマルが、リボーンと古馴染みらしいことや、幼少期を知っているという獄寺を気にかけていること、一見険悪そうに見えてその実ザンザスを嫌ってはいないことは知っている。けれど、獄寺も他のボンゴレの面々も、よほどのことがない限り診察しようとはしないのに、雲雀が保健室を訪ねると掠り傷や微熱ですら大袈裟なほど心配してくるのだ。雲雀はだらしなく結ばれたネクタイへと視線を下ろした。包み込まれた手が熱いと思ったが、今更振り払うのも躊躇われた。
「ただ、ヒバリは他の誰とも違う」
 シャマルはそっと細い手をすくい上げた。雲雀の視線もつられたように上がる。手の平に、唇が触れた。
「傍にいて、大切にしたい」
 シャマルは一呼吸おいて、雲雀の目をひたと見据えた。
「ヒバリが好きなんだ」
 切れ長の目が、驚愕に瞠られた。
「特別な日もそうじゃない日も、ヒバリの傍にいさせてほしい」
 雲雀は何も応えられず、のろのろとかぶりを振る。思ってもみなかった告白を処理しきれない。ただ離れてほしくなくて、空いている手をシャマルへと伸べる。白衣を掴んで、それでも何も云えずにいると、大きな手に抱き寄せられた。
「無理に答えようとしてくれなくていいよ。困らせたいんじゃないんだ」
 シャマルは俯いた雲雀の背を擦る。謝罪を口にすると、雲雀の頭がまた左右に振られる。
「今日、来てくれる?」
 お伺いを立てるように恐る恐る問うと、雲雀は今度は縦に小さく頭を動かした。
「やっぱり誕生日だから、少しくらいお祝いしてあげる」
「ありがとう」

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