うんざりするほどの招待客でざわめくパーティ会場で、白いスーツ姿を見つけ、雲雀は軽く目を瞠った。
「どうした?」
 ディーノが囁くように訊くと、雲雀はゆるりとかぶりを振った。ふわりと黒髪に飾られた花が揺れる。今日の雲雀は素性を隠すために常とは大分違った出で立ちだ。服装こそ男女の別のつきにくいものだが、元々秀麗な顔には化粧を施し、艶やかな髪には小さな造花を挿している。やや上背はあるがステージモデルなら普通だし、ディーノの傍らに立っていると花車に見えるから、十中八九女性だと思われているだろう。
 あまりに凝視していたためか、細い首が小さく傾き、切れ長の目が不思議そうにディーノを見返した。アルコールのせいでほんのり赤い目許が艶めかしい。
「恭弥が綺麗だから見惚れてた」
「そういう科白は女に云いなよ」
 ディーノは至極真面目に云ったが、雲雀の声には呆れが混じっていた。ディーノはひょいと肩を竦める。
 ディーノは雲雀を愛している。この会場内の誰よりも綺麗だと思う。けれど、その心の裡を雲雀に告げるつもりはない。
 多分雲雀はディーノにそういうものを求めてはいない。ディーノと雲雀の関係は元家庭教師と教え子だったが、少し前から気紛れに肌を重ねるようになった。女を相手にするのが面倒だと云って誘ってきた雲雀を抱いた。身体が欲しかったわけではないけれど、他の男の元になど行かせたくなかった。いくら女が面倒にしても、わざわざ身体に負担を強いて男に抱かれる理由は解らない。元々雲雀はそうした欲求に対してひどく淡泊だった。けれど求められれば、たとえそれが快楽のみであろうと望むだけ与えてやりたいと思うし、誘いに応じてくれると子どものように嬉しくなってしまう。
 今のところ、雲雀が甘えてくるのはディーノだけだ。総てを手に入れたいと思わないと云ったら嘘になるが、甘えてくる雲雀を甘やかしているだけで充分満足できた。雲雀を甘やかすのに理由など要らなかった。
 雲雀の視線がディーノから会場内へと戻される。朱唇から吐息が漏れた。給仕からカクテルグラスを受け取り、くいっと呷る。さらにつづけてグラスを空ける雲雀に、ディーノは眉根を寄せた。雲雀がアルコールに弱いとは思わないが、飲み慣れているわけでもない。
「口当たりがいいからって、飲み過ぎるなよ」
 ついそう云うと、雲雀は不服そうに唇を尖らせ、テーブルを離れた。ディーノは呼び止めようとしたが、今日の目的はすでに達しており、その後は勝手に帰ると云われていたのを思い出した。

 離れて暫くはディーノの視線を感じていたが、雲雀は振り返らなかった。逸らされるのを待って、先ほど捉えた白いスーツを探す。その間も、手近な給仕からカクテルグラスを受け取っては干した。飲み過ぎるくらいが丁度いい。自称元家庭教師の忠言を思い返しながら、雲雀は空のグラスをワゴンに置いた。
 雲雀が少々危なっかしい足取りで歩いていると、何人かの男が声をかけてきた。乱暴に断っても、彼らは雲雀が男だと気づかないようだった。
 人目を引きつけながらそれには気づかす、雲雀はふわふわと会場内を回る。またグラスを取ろうとしたところで、横から声をかけられた。
「カクテルならこっちにもあるよ。綺麗なお嬢さん」
 第一声で酔っていると解る怪しい声に、けれど雲雀はにこりと笑った。白いスーツに身を包んだシャマルがフルートグラスを差し出してくる。
「お嬢さんじゃないよ」
「これは失礼。奥方様」
 男は雲雀が否定したポイントを取り違えた訂正をした。雲雀はくすくす笑いながらグラスを受け取る。あるいはとは思っていたけれど、まさか本当に女たらしで男嫌いのシャマルが間違えるとは思わなかった。
 請われるままグラスを掲げ、傾ける。アルコールに蕩けた視線が絡み合った。どちらからともなく、連れだって会場を後にした。

 ゆったりとした衣服に包まれた身体を抱き寄せれば、花車ではあるけれど女のような柔らかさはない。シャマルは、そこで初めて相手が男であると気づいた振りをした。艶やかな黒髪と一緒に小さな花がしゃらりと揺れる。痩身を離すという選択肢は、元よりなかった。声をかけた時から、シャマルには相手が解っていた。
 久しぶりに出たパーティの会場で、ディーノと雲雀は目立つ組み合わせだった。最初は、ディーノが雲雀に似た女性を連れてきたのだと思った。けれどすぐに雲雀本人だと解った。時折様子を窺っていたが、仲睦まじさを見ていられなくなって止めた。気を紛らわせるようにアルコールを呷っていたら、雲雀がすぐ傍まできていた。ディーノはと見れば、年輩の夫婦と談笑していた。考える前に、身体が動いていた。
 自分で思っているより酔っているのかも知れない。けれど、それならばそれでいいと思った。女性と間違えた風を装って声をかけると、雲雀は何の疑いもなく誘いに応じた。雲雀も酔っていて、相手がシャマルだとは解っていないようだった。
 痩身をベッドに押し倒し、唇を触れ合わせると、すんなりと開かれた。舌を絡め口腔を貪りながら、シャマルは器用に複雑な作りの服を脱がせていった。白い首筋に唇を這わせると痩身が震えた。潤んだ眼差しがシャマルを見上げる。シャマルは自分も邪魔な衣服を脱ぎ捨て、熱を帯びた肌を重ねた。痕を残したら不味いだろうかと過ったが、そんな思考は瞬く間に消え去った。
 シャマルがアルコールと情欲に染まった氷肌を味わっていると、細い腕が躊躇うように持ち上げられた。シャマルはほっそりとした手を取って甲に口づけ、背中に回させた。甘い声に煽られ、雲雀を追い上げる。やがて一際甘く高い声が、シャマルの鼓膜を心地よく震わせた。
 雲雀が快楽の余韻から冷めぬうちに、シャマルは硬い身体を解しにかかる。誘いにすぐに応じたからてっきり遊び慣れているものと思ったが、雲雀の反応はどちらかと云えば初心なほうに近かった。シャマルはゆっくりと丁寧に雲雀を綻ばせていった。
 名前を呼んでしまいそうになるのを誤魔化すように朱唇を吸うと、細い手足がぎゅうっとシャマルにしがみついてきた。快楽に蕩けきった雲雀は凄艶だった。シャマルが揺さぶると応えるように嬌声を上げ、縋りついて更に深くシャマルを求めた。
 何度も求め合って、双方とも疲れきって眠りに落ちた。

 ぽかりと目が開いた。雲雀はシャマルよりも先に目覚めたことに感謝した。腰に回された腕を少し惜しく思いつつどけ、そっとベッドを下りる。
 昨夜のことは一夜限りの夢だ。酒に酔っていたとはいえ、男だと解ってなお抱いてくれるとは思わなかった。
 雲雀はシャマルが好きだった。恐らくはその感情の名前を知る前から惹かれていた。へらへらした酔っ払いのくせに強くて、男は嫌いだと云うくせに優しいのがいけないのだと思う。最初の頃は膝を衝かされたことが悔しくて勝負をしかけては躱されていた。そのうちにシャマルに会うことが目的のようになり、やがて会うと苦しく思うようになり足が遠のいた。けれど互いにボンゴレと係わりを持っている以上、顔を合わせる機会がなくなるわけではなかった。
 シャワーを浴びて身なりを整えていると、肌に散らされた紅い痕が視界に入った。思わず目を逸らす。一度深呼吸をして、化粧道具を手に取った。
 身支度を終えてベッドルームに戻りかけたが、未練がましいと思い直して止めた。

 目が覚めると、腕に抱いていたはずの痩身はなくなっていた。シャマルはゆっくりと上体を起こした。名残は乱れたシーツと怠い身体くらいだ。あれは一夜限りの夢だ。酔って一夜ぎりの相手を求め合っただけだ。そう自分に云い聞かせる。
 シャマルは雲雀を愛している。恐らくは出会ったときから惹かれていた。男であることを差し引いてもストライクゾーンど真ん中の容姿に、真っ直ぐで気の強い性格を知れば知るほど惹きつけられた。けれど、年齢も性別も身上も、どれ一つを取っても告げることすら躊躇われる想いだった。
 軽くかぶりを振って、煙草を銜える。
 アルコールの力を借りて行きずりを装わなければ、触れることもできなかった。手練れと云われたかつての浮き名が泣いているかも知れない。シャマルは自嘲を浮かべ、短くなった煙草を灰皿に押しつけた。
 熱いシャワーを浴びていると、背中にぴりっと幽かな痛みを覚えた。原因はすぐに知れた。雲雀の爪の痕だ。女のように長く伸ばしてはいなかったが、細身ではあっても男の力だ。自分では見えない、けれど確かなこの痕跡が消えなければいいのに、と詮無い考えがシャマルの脳裏を過った。




[ 1/5 ]


[mokuji]

top


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -