追いかけた背中は、小さい頃一度だけ見た、父の背中とどこかかぶった。
私の涙がすべて流れ終わった頃、上級生はもう平気だな?と聞いてきた。
「…はい、もう大丈夫です。ご迷惑おかけました。…えーっと、…」
気付いてみれば、この人とは初対面だった。自分より1つ上の2年生であるということ以外、私がこの人について知っていることはなにもない。
呼ぼうにも名前すら知らないんだ。
言葉に詰まった私の前でふっと、上級生が柔らかく笑う。
「俺は不知火 一樹。星詠み科の2年だ」
「あ、ありがとうございました、不知火先輩。あと、いっぱい迷惑かけてしまってすみません」
「気にするな。別に迷惑だなんて思ってない。それから、俺のことは名字で呼ぶなよ。他人行儀じゃないか、名前でいい。」
一樹先輩、とですか?首をかしげて言うと、そうだ、万里。一樹先輩は私の名前を呼んだ。
「どうして私の名前を?」
「星詠み科1年の満月 万里だろ?今年入学してきた女子はおまえとあと、天文科の夜久 月子だけだからな。2、3年のヤツラは名前ぐらいは知ってるさ」
なるほどぉ。一人頷く私を見て、一樹先輩はしっかしなぁと不思議そうに眉を寄せた。
「おまえって確か、全学科入学試験受けて、全部満点だしたんだよな。…俺の中でおまえのイメージって、がり勉ってとこだったんなけど…」
私の頭のてっぺんから足の先までジロジロ見てニヤリと笑う。
いやらしい感じでもなく、バカにしたような感じでもない、どこか人を惹き付ける笑顔で。
「極度の方向音痴でドジとみた。…おまえ、さっき放送で体育館に呼ばれたのに逆方向のこんな所にいて、前も見ずに歩いてる」
違いますよー!!ムキーと私が怒ると一樹先輩は「おぉ、こえーなー万里は」そう言いながらも私の手を引いて、体育館まで連れていってくれた。
繋いだ一樹先輩の手は、私の手より大きかった。
私の心が群青色で満たされる
(そこに白が入る隙間なんてない)