01

「どうして病室に牡丹なんだ?普通縁起が悪いから誰も置かないだろう」

兵助さんは窓のさっしにひじをつき、花瓶を指差した。

「あぁ、それはですね、僕がお願いしたんですよ。」





―病室の牡丹





冬の寒さが和らぎ、太陽が優しく微笑みかけた4月中旬。
僕の病室からは花が見えない。
すぐそこに駅があり、地元の田舎とは違いえらい騒がしさ。
ここにきてしばらくは都会の雑音で眠れなかったほど。

「綾部さん」

看護婦さんが扉をあけて病室へ入ってくる。

「お加減いかがですか?ちゃんと眠れていますか?」
「ええ。大丈夫ですよ。」

看護婦さんは着物を脱がし、体を綺麗に拭いていく。
もう何回もされているが、まだ慣れずなんだか気恥ずかしい。

「無理なさらず遠慮なく何かありましたらいってくださいね。」
「はい…。では、あの、」
「はい?」

窓の外をもう一度みる。

「外には…花は咲いていますか」

僕の質問に意外だったのかきょとんとする看護婦さん。
他人には変な質問に聞こえるだろう。
だが僕にとっては重要なことだった。

「ほら…この病室からは花がみえないじゃないですか、だからなんだか物足りなくて。」
「はあ…花、咲いていますよ。そうですね、牡丹なんかは今満開ですね。」
「牡丹ですか…。……あの、牡丹、摘んできてもらえますか?」
「牡丹をですか?構いませんけど…」
「この殺風景な病室に飾りたいんです。」
「な、何いうんですか!縁起の悪いこといわないでください!」
「ははは…そうですね。でも、お願いできますか?よく実家に咲いていた…思い出の花なんです。」
「綾部さん…。わかりました。このトモミ、一番綺麗な牡丹を摘んできますね!」
「ふふふ、ありがとうございます」

勇ましい看護婦さんは元気よく病室を出て行った。
そのあとは静寂で、一人外を見て過ごした。

人混みにちらほらと兵隊さんの姿が見える。
ああ、今頃はこんな体じゃなければ僕にも赤紙が来ていたのだろうか。
お国のために戦地へ出陣したのだろうか…。
今は病院から出ることさえ医者の許可がいる。
戦地など、自分には関係のないものだと思っていた。

夜、がさりという音で目が覚めた。
草と、壁にぶつかる音。
窓辺にベッドがあるのでよく聞こえた。

「どなたか…いらっしゃるんですか…」

窓の鍵を外して建て付けの悪い窓を出来るだけ音を立てずにあける。
闇に慣れていない目で音の原因を探す。
するとちょうど顔を出した下でまたがさりと音がした。
よく見てみると軍服を着込んだ兵隊さんだった。

「兵隊さん…?」

壁にもたれ、草に埋もれているその人に声をかける。
するとぴくりと反応がかえってきた。
そして大儀そうにこちらへ顔を向けたのである。
その顔はまあ整っており、美男子に分類されるものだとおもった。
月明かりと都会の街灯では見えるものは限られていた。
だが僕はその兵隊さんに釘付けになってしまったのである。

「お嬢さん、どうかおきになさらず。暫くしたら私はどこかへ行きますから。」
「お、お嬢さん!?」

兵隊さんの発したお嬢さんという言葉にかちんときた僕は、いささか声を荒げててしまったと思う。
兵隊さんは理解できない様子でこちらを不思議そうに見ていた。

「あ、改めていただきましょう兵隊さん。僕は正真正銘立派な日本男児ですよ!」

そりゃあ童顔で、女に見えないこともない。
髪もいささか長いのでよけい女に見えるだろう。
だがそこは日本男児としての誇りが存在する。
なので今の兵隊さんの態度は僕にとって失礼だったのだ。

「これはこれは…失礼しました」
「い、いえ…わかっていただければいいのです…」

兵隊さんが素直に謝ったので、少し拍子抜けする。

「あ、あの…」
「はい?」
「いったい何を…?」

さっき聞きそびれたことを今一度聞いてみる。

「………」
「…兵隊さん?」

その言葉にぴくりと反応する。

「何でも、ないです。」
「そうですか…」
「すみません、人が居るとはしらず…ここは」
「病院です」
「そうでしたか。……おやすみを邪魔してしまってすみません。私はもう行きますね。」
「はい…」
「では」

そういってよろよろと立ち上がり片手をあげていってしまった。

結局何なのかよくわからなかった。
あの兵隊さんはどうしてここにきたのだろう。
僕は建て付けの悪い窓をなるべく音を立てずに閉めた。




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