緑色の装束、北風に吹かれ【滝と綾】 原作の二年後。 卒業前日。 3月、いつもに増して寒い北風がこの学舎の庭をぴゅうと駆け抜ける。 ぶるっと震え、肩を抱いたとき後ろから声がかかった。 「たぁーきちゃんっ」 振り返ると同室の級友、綾部喜八郎がいた。 「何をしているのだお前は」 喜八郎は地に足を着けて私を見ているのではなかった。 いや、地に足はついているのかもしれないが、少なくとも私と同じ高さの地ではない。 もはや見慣れたものだが。 「何って…穴掘り?」 そう、地面に立っているのではない。 穴の中から顔を出しているのだ。 自分のやっていることに微塵の疑いもなく、私の偏見の眼差しをきょとんと打ち返してくる。 その様子にはあと一つため息を落とし、なるべく同じ目線になるようにしゃがむ。 「ねえ滝ちゃん、今日の夕食はハンバーグだよ。デザートはプリンだよ」 「そうか」 「一緒に食べよう。それで食べ終わったらお風呂に入って、あ、三木とタカ丸さんも誘おうか。お風呂からあがったら今日は4人で寝よう。それでいっぱいいっぱいお話ししよう。それから…」 「喜八郎」マシンガンのごとく喋り出した喜八郎を制する。 そして目を指差し、知らせてあげる。 「あ…」 私の仕草で気がついた、その目から頬を伝う一筋の涙。 そういえばこの六年間でこいつの涙を見たことがあっただろうか。 いつもひょうひょうとしていてつかみ所がなく、空気のような奴。 そいつがいま、自分の感情を制御できずに泣いている。 否、涙を流している。 「滝もだよ。知ってた?」 ごしごしと手で涙を拭いながら私の頬を指指す。 手をやると確かに、そこには私の涙があった。 「ぶさいく」 にやっと笑いながら私の顔を見る。 「やかましわ。お前の方が私の何億倍もぶさいくだろうに」 私もにやっと笑いながら喜八郎の顔を見る。 そしてどちらともなく笑いがこみ上げてきて、二人して大笑いした。 「いくか。」 「うん。」 穴から出やすいように手をかす。 その手を喜八郎は強く握った。 明日からはもう他人なのだ。 せめて今日くらい、今までにないくらい甘え甘やかしてもいいじゃないか。 緑色の装束が北風に吹かれ、はためいた。 [目次] [栞] |