「ん…」

もぞもぞと起き出そうとして、ふと違和感を覚えた。

(え…?動けない。
もしかして‥―っ!?)

目を開けると、丁度真正面の位置に最愛の人の寝顔(俗に言う“どアップ”)があって、危うく叫び声を上げそうになる。
どうやら、動けなかった原因は彼―琥太郎さんが私を緩く抱き締めていたからみたい。

スヤスヤと寝息をたてる姿は子供みたいだけど、高校時代から何年も見てきたこの人の寝顔は相変わらず綺麗で、結婚した現在も不意に顔を近づけられただけでドキドキは止まらなくなる。

「確実に、私より色気あるよね。…ん?」

何だろう、凄く、いい香りがする。
ベッドの中かな。

使っている洗濯洗剤でもないし、シャンプーの香りともちょっと違う。
上手く言えないけど、何ていうか、どこか独特で…ほっとする香り?みたいな。

「…朝から何やってるんだ?」

「っひゃ!」

どうやら私は、香りの正体を調べているうちに、その‥琥太郎さんにびったりくっつくような姿勢をとってしまったらしい。
声をかけられるまで、全く気づかなかったなんて!

「いや、あの…えーっと、違うんです!別にやましい気持ちじゃ、」

「何だ、違うのか?それは残念だな」

「…え?」

「愛する妻からやましい気持ちを向けられなくなったら、夫の立場は危うくなるだろう?」

「あ、朝からなんて向けませんよ!」

さりげなくとんでもないことを言われ、思わず耳まで熱くなる。
それを見られたくなくて、私は琥太郎さんの胸をポカポカと叩いた。

「痛っ!お前少しは加減しろよ」

「琥太郎さんがあんなこと言うからですっ」

「なるほど、月子は暴れるのを止める気がない訳か。
だったら―…」

「っ!」

それまで緩かった腕の力はいきなり強まって、私の顔が琥太郎さんの肩口に押しつけられる格好になる。

「こうやって黙らせるしかないよな?」

おまけに耳許でわざと甘くささやくから、心臓に悪いことこの上ない。

あれ?
さっきの香り、強くなったような…。

「琥太郎さんって、香水とかつけてます?」

「まぁ、たしなみ程度にはな。流石に毎日毎晩は使ってないが」

「でも、いい香りがしますよ。とっても落ち着くし」

少しだけ、甘えるように顔をうずめて目を閉じると、琥太郎さんが私の髪を優しく撫でてくれた気がした。

「自分じゃよく分からないが、ご希望ならお揃いにしてやろうか?」

「お揃いの…香り」

「俺個人は、月子の甘くて凛とした香りの方が好みだから、それを移り香にしたいところだけどな」

「私、そんな香りするんですか?」

「或いは、お互いの香りに敏感なのかもな。俺たち」

「そうかも、ふふっ。
あ、忘れるところでした」

「何を?」

「おはようございます、琥太郎さん」

「あぁ、おはよう」

今日も明日も、あなたと穏やかな幸せの中で暮らせますように。






お揃いの移り香
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