03
お付の女中に促され部屋に戻りいろいろと考え込んでいると、窓の外はオレンジ色になっていた。
「みむ様失礼いたします。」
「・・・どうぞ」
返事をすると、襖が開き女中が姿を現す。
「信長様がご帰還です。此度の豊臣との戦に勝利なさいました。お出迎え致しますか?」
「・・・あれ・・・?戦・・・?」
私がきょとんとした顔を向けるとため息と共に話してくれた。
「本日1度帰還された後、再び戦に戻られたのです、姫様はぼーっとされてお話を聞かれていないようでしたが本当に聞いていなかったとは・・・」
「あ!お出迎えしなくては!!」
「姫様!信長様は大広間で軍議の最中です、行かれてはなりません!」
部屋を出る私に後から女中の声が聞こえたが、あの女性の事を確かめなければうかうか夜も眠れなくなってしまう。勝ち戦後の軍議ならば乱入したとしてもそんなに叱られはしない。この2年で学んだことのひとつだ。
自分の部屋から早足で大広間へ進む。何人かの兵士に止められたのを無視して進み続けると部屋の前まできて再び止められる。
「姫様、軍議の最中です。急用でなければ後になさいませ」
「私にとって急用です。」
小声で話す兵につられて私も小声になる。
その時部屋から聞こえたのは"この女を織田の臣下にする"という信長様の声だった。
私は目の前の兵を押し退け大広間の襖を勢いよく開いた。スパーンッといい音がしたので、中にいた皆が一斉にこちらを向く。
「今日の出迎えはまた1段と派手だな」
私と正面から向き合う信長様が肘置きに肘を置いて頬杖をつきながら私を見る。妖艶な微笑みにドキドキしてしまうが、今はそれどころではない。
勇み足で中央に座らされている女の子の元へ向かい、顔を覗くと恐怖と困惑で小さく震えているように見えた。中腰になり横からそっと抱きしめると、女の子が"え・・・?"と声を上げる。
私は信長様を睨んだ。
「女の子1人をこんな男ばっかりで囲んで可哀想です!臣下にするなんて、この子が望んだことですか?!そんなに手元に置きたいのなら、私の部屋付きにしてください!」
一息で言ったものだから、少し息が切れてしまった。静まりかえった大広間に信長様の笑い声が響いた。
「ど、どうして笑うんですか・・・私は真剣にお話しているんです!」
「みむ・・・こちらにこい」
未だに腕に女の子を抱きしめたままの私に信長様が手招きをする。どうしようかと悩んだが、指示に従うことにした。そっと手を離して信長様の前まで進み座ろうとすると腕を捕まれ信長様の膝に横向きに抱えられる。
「ちょっと・・・!信長様?!」
降ろしてくださいと抗議する私に信長様が背中を支えている手と逆の手で私の口を塞ぐ。
「話を聞いてから意見を言え。」
なにもこんな格好で聞かせなくても良かろうと思ったが、口を塞ぐ手の力が結構強かったので反抗するのをやめておく。するとゆっくりと口を塞ぐ手が離された。
「先程の話の続きだが・・・」
信長様のお話を聞くことによると、どうやら女の子は異国から来た子で、姫巫女様と同じような血の力を持つらしい。
血の力の事は女の子も知らなかったようで驚いていたけど、臣下にする事で手元に置いて姫巫女様を見つける事で織田の天下と女の子を國へ帰す事ができるらしい。
「何か異論があるか・・・みむ」
一通り話が終わり私に視線を向ける信長様に、部屋にいる皆の視線も私に注がれる。
「話しは一通り分かりました、尚更私の部屋付きにしてくださいませ。女同士の方がいい事も多いですし、この世界の事もいろいろ教えることもできましょう。」
「ああ、頼む」
「しかし!吸血の為に女の子の首を噛むとは何事ですか!せめて着物で隠れる所になさいませ!」
"もう!"と言いながら信長様のおでこをペチンと叩く。訝しげな顔を向けられたが、"少しは反省なさってください"と言うと"次は気をつけよう"と頭を撫でられる。
「えー・・・・・・信長様、みむ様」
咳払いをする光秀の声にはっとして、今更ながら皆の前で恥ずかしい事をしていたのだと気づき顔に熱が集まるのが分かり、膝の上から隣へと座り直す。
「女、貴様をみむの部屋付き女中とする。城の事や分からん事は全部こいつに聞け。」
「は・・・はい!」
女の子がこちらに視線を向けたので、にっこりと微笑んで返すと少し安心したように肩の力が抜けた気がした。
「恐れながら信長様。兵達に勝利の祝い酒を振る舞ってもよろしいでしょうか」
「かまわん、存分にくれてやれ」
「はっ、では後ほど手配させていただきます」
どうやら、長秀の進言で宴が開かれるらしい。勝家はもう飲み始めようとしている。
蘭丸が止めなければ絶対今飲むとこだった。
「光秀、後で部屋に来い。」
「はっ!」
返事を聞くとさっさと大広間を出ていってしまった。その後ろ姿が見えなくなるまで見届けると立ち上がり中央の女の子の所に近づく。
「さぁ、行きましょうか。」
手を差し出すと、ゆっくり手を重ねてくれた。ぎゅっと握って歩き出し大広間を出る。
彼女よりも少し身長の低い私だが、なんだか妹ができたような気持ちになっていた。