一緒にいてやる



 姿が見えない。
 目で探す事が癖になっている。
 エスカのその様子にキッシュを摘んでいたミストレーネはにやりと口元を歪めて、エスカの皿に残っていたヴルストにフォークを突き刺す。その音でエスカは現実に戻ってくる。 ミストレーネはヴルストをそのまま口の中に放り込んだ。少し食べた後に「油ばっか」と文句をたれる。そういう食べ物だろうが、とエスカが口には出さずにいたがミストレーネも言いたい事に気付いたのか声を上げて笑いながらフォークをエスカの顔へと向ける。銀色が、光に反射する。
「オレ、どこにいるか知ってるけど?」
 歌うような声に、エスカは訝しげにして首を振る。しかし、手がかりも無いからか最後にはミストレーネに渋々と返事をした。
「……何が目的だ」
 その答えに、ミストレーネは声を上げそうになるのを押さえる。彼らしい返事だ。相手の言いたいことをきちんと分かっているところを実は気に入っているのだが、それとこれはまた別の話である。
 ミストレーネは微笑んだ。手をあげて、敬礼のポーズをしてみせる。
「今度の演習、オレ、作戦立てなきゃいけなくなっちゃって。エスカバ、よろしく」 ミストレーネはバダップに振られちゃったと言っていたが、エスカからしたらあいつは最初からこうする為に引き止めなかったに違いない。そう断言出来る。演習の内容、相手方の情報、自軍の状況などを今日中にメールしろとだけ告げて、エスカは食堂を出た。
 彼の話を纏めるのならば、どうやらバダップはエスカに何か用事があったらしい。エスカバの部屋の前で立ってたから、と呟いた後に楽しげに続ける。勝手に入っても大丈夫じゃないかって声をかけたと言うものだからエスカは怒鳴り上げるのに我慢した自分を褒めたくなる。
「食事の時間だからとか声をかけてやれよ……。あいつ、本当、根性悪いな」
 エスカとしては一体バダップが自分に何の用だったのかが見当もつかず、溜息をつきながら寮の廊下を歩く。教師と授業の内容について討論をしているよりも、まず部屋に荷物を置きにいけば良かったとまで後悔した。
 授業は嫌いでは無い。やはり他人の意見も聞ける場というのは貴重だ。だが、それよりもバダップの言葉はどれほど重要なことなのか計り知れない。彼の一言がどれほどの物か、バダップ自身分かっていないだろう。エスカはカードキーを胸ポケットから取り出す。
 自動でドアが開いた音の後に、エスカは室内を見回した。自室とは言え、紙の山に囲まれている部屋は気持ちよいものでは無い。
「バダップ、おい、バダップ?」
 幾度か声をあげながら、乗り込んでいく。そうすると室内の隅っこで座り込んでいる銀を見つけた。珍しい、と目を細めバダップを見つめる。そして、エスカはベッドの上に寝転がる。
 すうすうと言う寝息の後に、エスカの声が続く。
「右斜め三十二度、紙、動いてるんだが。来週提出のシミュレーションの」
 朝まで噛り付いていた紙だ、そう忘れはしない。ちなみにエスカは、作戦は紙で考えた後に纏めるタイプだ。そっちの方が軍師みたいだろと言った後に見せたバダップの不思議そうな顔は忘れそうに無い。
 その紙が動いている。恐らくバダップが部屋に来て一時間程度。その隣には何やら裏にメモがされている用紙。エスカは確信した。
「……バダップ、お前、起きてるな」
 バダップの体は身じろぎもしない。ふうん、と鼻を鳴らした後にさてどうしてくれようと頭を動かす。常に無表情を貼り付けているような男だ。たまには驚かせたっていいだろう。そう思いながら、彼を見下ろす。瞼があの赤色を隠していて、どこか物足りない。
 あの赤が、エスカを見てくれたら。エスカは無意識に声を張り上げた。
「すきだ」
 淡々と告げてしまった声に、エスカが頭をがりがりと掻き乱すのは直ぐだった。あー、と低く唸りそして訂正の言葉を入れる。
「冗談だ――そう、うそ」
 冗談が、嘘なのだが。だが直ぐに聞こえた声に、エスカは口を閉ざす事になる。
「そうか、冗談、か」
 バダップが立ち上がり、歩き出す。エスカは何も言えなかった。寝転んでいるエスカの顔に、机の上に置いてある紙を取ったかと思うとエスカの直ぐ傍に置いた。
「無駄が多い。だが、作戦自体は良い。もう少し、練ったらどうだろうか」
「……お、おお」
 それと――。バダップはマスターキーであろう黒色のカードキーを取り出して、エスカへと顔を向けた。
「部屋が汚い。紙はきちんと纏めろ。そういう求婚はもっとまともなところですることを勧める」
「きゅうこ……」
 古臭い言葉を、とエスカが声を張り上げるよりも先にバダップの姿が廊下に行くことの方が早かった。
「俺は、君の事、嫌いでは無い」
 自動でドアが閉まる。エスカは残された言葉を考えて、枕を勢い良く叩き込んだ。あの男が返事を返さなかったのは恐らく――全部同意していた意見だったからだ。根っからの軍人体質め、とエスカは赤くなった頬を叩いてそのまま走り出した。
 今度、好きだと言ってその時バダップが黙ったままだとしたら。その時――エスカは想像して弛む頬をどうにも出来なかった。
 その時は――ただ、黙って抱き締めてしまおうか。


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