何だかもうどうでもよくなってきた。

ほんのり赤い顔でどういうつもりだか、私にべったりくっついて離れようとはしない菅原を、澤村が何とか引き剥がそうとかれこれ十分以上は悪戦苦闘してくれているけれど、それもどうでもよくなってきた。私のことを心配しての澤村の行動だと分かってはいるけれど、事実面倒に思えてきたのだから仕方ない。私の気力をそぐのは、疲れかお酒の力か。考えることも面倒だ。

少し離れた所では、かつてのクラスメイトたちが二次会に行くかどうかを話している。すでに帰った人も何人かいるようだ。懐かしい友人たちとまだ話していたい気持ちもあるけれど、それ以上に今日のところはとにかく疲れた。昨夜は会社の飲み会で朝帰りだったし、幾分か二日酔いが残ったままの状態で、折角の同窓会だからと無理矢理体内に入れたアルコールのせいで体は限界に近い。もう何でもいいから早く帰らせて欲しい。

「澤村、ありがと。もういいよ。」
「いや、いいって言ってもお前、」
「澤村がこれだけ言っても離れないなら、もう無理だって。」

苦笑いを浮べれば、勝手に私と肩を組むように腕を回していた菅原が、さすが名字は物分かりがいいなあ、とへらへらと笑う。じろりと睨みつけたところで、菅原が気にする様子もなければ、離れる気配もない。

「これだけ酔っ払ってれば、無害同然でしょ。万が一があったとしても、無理矢理どうこうするヤツじゃないだろうし。」

今度は澤村が苦笑いを浮かべる番だった。少し離れたところから澤村を呼ぶ声がする。

「ほら、呼んでるよ。」

大丈夫だから、と手を振ってみせると、澤村が悪い、と申し訳なさそうに顔を歪めた。何かあったら電話しろよ、と言い残して去っていた澤村の背中を見送ってから、未だ私の肩に腕を回したままの菅原を振り返る。相当酔っているのか、時折ふらつく菅原の体を支えるようにその背中に腕を回す。

「で?菅原の家はどこよ?」
「あっち。」

菅原が指さした方向は斜め上をさしていて、それが一体どこを示しているのかなんて到底分からない。

「どっちだよ。」

これは駄目だな、と早々に菅原の家に送り届けることを諦める。これ以上面倒なやり取りをしたくない。だったら自分の家に連れ帰る方がまだマシだ。さっさと連れ帰って、ベッドにでも転がしてしまえば、この醉い分ならすぐに落ちるだろう。
意を決して、菅原の大きな体を支えながら歩き出した。





途中で捕まえたタクシーでようやく帰りついた我が家。狭いワンルームの廊下を、ふらつく菅原を支えながら歩く。ベッドに辿りつくなり、乱暴に菅原を突き放す。ぼふ、とベッドに沈んだ菅原の体。途端に急に疲れが押し寄せて、その脇に座りこんだ瞬間、強い力に体を引かれた。その力に抗う間もなく後ろに倒れる体。ついさっきの菅原と同じようにベッドへ上体が沈む。ぎしり、と軋むベッドのスプリング。

「名字さあ、いくら何でも無防備すぎ。」

目の前には菅原の端正な顔。その向こうに見える見慣れた天井。視界の端に映る恐らく菅原の両腕。そうしてようやく自分が押し倒されたのだと気がつく。

「っ、な、ちょ、何してんの、菅原、」

菅原の胸を押し返して逃れようとするも、いともたやすくその両手首を捕らえられてベッドへと縫い付けられてしまう。

「酔ってるんじゃなかったの?」
「酔ってるよ。我をなくす程じゃないけど。」
「じゃあ、さっきまでのは、」

何だったの、と問えば、菅原がにっこりと微笑む。その笑顔は高校時代のあの頃と変わっていなくて、今の状況とのギャップに戸惑う。

「全部演技。名字の部屋に上がり込めたらって思ってたけど、まさかここまで上手くいくとは思ってなかったよ。」

菅原の言っていることがいまいち理解出来ないのは、私が酔っているからだろうか。突然の状況に対応出来ていないからだろうか。

「ねえ、俺が無害だって本気で思ってたの?酔ってるから何もしないって?」

いつの間にか菅原の顔からは笑みが消えていて、真剣な目が私を見下ろす。

「俺も男なんだからさ、好きな子前にしたら牙だって剥くよ。」
「え?」

今、何かものすごく都合のいい言葉が聞こえた気がしたんだけど。聞き間違い?気のせい?そうなら早くそう言って。

「いま、すきって、」
「言ったよ。名字がずっと好きだった。こうでもしなきゃ進展しないと思って。」

多少強引だったのは謝るよ。眉を下げて菅原が笑う。それでも強引過ぎ、と返してどちらからともなく吹き出す。ひとしきり笑ってから、菅原がごろんと横に倒れた。掴まれていた手首も解放されたことをいいことに、私はゆっくりと体を起こす。

「あー、名字の匂いー。」

シーツに鼻を押し付けてへらりと笑った菅原に、くすりと笑みを零す。

「酔っ払いめ。」
「それでも俺は嘘はついてないよ。それとも、酔っ払いの言葉は信じない?」

信じるよ。
そう言いかけてやめた。高校時代からずっと菅原のことを片思いし続けてきたのだ。例え酔っていたって、菅原がそんな嘘をつく人間じゃないことを知っている。まして強引に触れることもしないことを。現に菅原はあっさりと私を解放してくれた。あのまま強引に事を押し進めることだって出来た筈なのに。
だけどここで信じると答えてしまうのは、何もかもが菅原の思惑通りのようで、何だか面白くない。どうせならお互い素面の時に同じセリフを聞きたい。

だから。

「明日の朝、もう一度同じことを言ってくれたら信じる。」

これくらいの抵抗は許してよ。





resistance
(君が信じさせて、)