ほの暗い館内を名字と並んで歩く。一つ一つ水槽の中を覗いては、狭い世界を泳ぐ魚たちを眺める。

水族館に来たいと言ったのは名字の方だった。俺としては彼女といられるなら正直何処だって良かったから、二つ返事で頷いた。初めてのデートで水族館なんて、定番過ぎるような気もしたけれど、隣で彼女が笑ってくれるならそれでいい。名字が笑ってくれることが俺にとっては一番嬉しいのだ。

「ねえ、見て、この魚ヘンな顔。」
「おお、本当だ。面白い顔してるなあ。」

水槽の中で泳ぐユニークな顔の魚を指さして名字が笑う。彼女の横へと顔を寄せて、細く白い指の先を見つめる。水槽の中を眺めるふりをしながら、ちらりと横目で隣の名字の横顔を盗み見る。思いがけなく近いその距離に、慌てて顔を離して一歩下がった。

「どうしたの?」

それに気がついた名字が不思議そうに俺を振り向く。何でもない、と笑みを浮かべて誤魔化す。特に気にとめた様子もなく次の水槽へと歩き始めた名字の隣で、小さく息を吐き出した。

顔の近さにドキリとしました、なんて恥ずかしくて言える筈がなかった。隣を歩く彼女は、俺を意識してる様子など欠片もなくて、意識してるのは自分だけなのだろうか、と少し不安になる。初デート、に期待して緊張しているのは俺だけなのかな。その手に触れてみたいとか、あわよくばキスだってしてみたいとか考えてる俺が邪なのだろうか。

「あ、ペンギン!」

名字が嬉しそうに声を上げたと思った瞬間、左手に温もりを感じた。その温もりが彼女の手だと理解した時にはもう、遅かった。名字の小さな手が俺の手を引いて、少し小走りで駆ける。俺のことなど見向きもしないで、彼女の目はその先にいるペンギンに夢中だ。水槽のガラスへと近づいて、嬉しそうに顔を綻ばせる。

「可愛いね!」

そう言ってやっと名字が俺を振り向いた。名字の方がずっと可愛いよ、なんて言葉は飲み込んで、そうだね、と頷く。彼女の右手は俺の左手を掴んだままだ。俺と手を繋いでいることなんて、名字は意識していないらしい。というよりは、目の前の愛くるしいペンギン達に夢中で自覚がないのかもしれない。

無意識って恐ろしいと思う。その手に触れてみたいと、繋ぎたいと悶々としていた俺なんて、まるでどうでもいいと言わんばかりに、彼女は無邪気に触れてきた。それもいとも容易く。ずっとタイミングを見計らって躊躇していた自分が馬鹿みたいだ。

ふと悔しくなって、握手するように繋いでいた手を解いてみる。離れたことでやっと自覚したのか、ペンギンから目を離して俺を見た名字に、にっこりと笑いかける。今度は俺から手を繋ぐ。互いの指を絡めるようにして、ぎゅっと繋いだ手に力を込める。

「俺はこっちの方がいいな。」
「ッ、」

顔を赤くして小さく息を飲んだ名字を見て、俺はようやく満足した。

だってそうだろ?俺だけが意識して余裕が無いなんて、そんなのフェアじゃない。楽しそうな顔だって、無邪気な笑顔だって見たいけど、そんな風に照れた顔だって見たいし、もっと俺のこと意識してドキドキしてくれたらいい。

ああ、でも、俺が照れたり余裕が無い所はあまり見せたくないかなあ。





アンフェアな恋をしよう
(もっと俺を意識して夢中になって)