緊張している、と思う。
約束の時間は12時ちょうど。手元の腕時計で確認した時間は11時35分。まだ30分近くもある。遅刻するのが嫌で、でもそわそわして居ても立ってもいられなかったとはいえ、いくら何でも早過ぎたと一人苦笑いを浮かべる。待ち合わせ場所の駅前はたくさんの人が行き交っていて、一人ぽつんと立つ私など気にとめる人はいない。
足早に去っていくサラリーマン風の人や、楽しそうに手を繋いで歩くカップルなどを眺めながら、そもそもどうしてこんな所で待ち合わせなんてすることになったんだっけ、とぼんやりと思い出す。
事の発端は四日前。委員会で遅くなるという友達を待ちながら、何の気なしにフリーペーパーを眺めていた時だ。忘れ物を取りに来たという同じクラスの菅原が何故だか私の元へと近づいて来た。そうして覗きこんだページに彼が気になっていたという中華料理屋が載っていて。気が付いたら、一緒に食べに行く約束を取り付けられていた。
約束を取り付けるまでのあの会話のスムーズさは一体何だったのだろう。あれが爽やか好青年の実力というヤツか。確かに菅原のことが好きだという女の子の話はよく聞くし、モテるのは理解出来る気がする。かくいう自分とて、菅原に密かに想いを寄せている女の一人なのだから、他人のことはとやかく言えないのだけれど。
そうだ。菅原はモテるのだ。そのモテる菅原と私は今から中華を食べに行くのだ。
自覚した途端に、記憶を回想することで幾分か落ち着いていた心臓が、またドキドキといつもより早いリズムで脈を打ち始める。急に不安になって自分の格好をあちこち見直す。
服、おかしくないよね。髪は乱れていないだろうか。少しだけ背伸びして挑戦してみたメイクは崩れていないだろうか。ネイルが剥げていたりとかしないよね。何処か裾が解れていたりなんて、
「名字。」
不意に上から降ってきた柔らかな声に、勢いよく顔をあげる。いつもの見慣れた笑顔に心臓がどくん、と一際大きく鳴る。
「ごめん、待たせた?」
早めに来たんだけどな、と苦笑いを浮かべる菅原に、ぶんぶんと首を振る。当然ながら初めて見る私服姿は想像以上に格好よくて、心臓がこれでもかというくらいの早さで鼓動を刻む。顔が、熱い。
「大丈夫、私が早く来すぎちゃっただけなの。」
「そんなに楽しみだった?」
「えッ!?」
悪戯な笑みを浮かべて、顔を覗きこまれる。ニヤニヤと意地悪く笑う菅原に返す言葉を、軽いパニックで回らない頭で必死に考える。
どうしよう。何て返せばいいんだろう。
「俺は楽しみだったよ。」
あっさりと先手を打たれて、いよいよ返す言葉を見失う。私も楽しみだった、とやっとの思いで紡ぎ出すとにっこりと菅原が笑う。
「良かった。」
行こうか、と言った菅原に頷き返す。何の予告もなく私の手を取って歩き出した菅原に、戸惑いを隠せないままその背中に声をかける。
「っちょ、菅原、手、」
「何?」
「だから、手っ、」
「嫌?」
菅原が立ち止まって首を傾げる。そうしている間も手を離してくれる気配はなくて、ズルイと思う。嫌だなんて、そんなことある訳ないじゃない。
「っ、いや、じゃない、」
俯いてそう呟くのが精一杯だった。私の顔はきっと耳まで赤いに違いない。顔が、繋がれた手が熱い。心臓の音が煩い。
「じゃあ、いいべ。」
笑って歩き出した菅原に引かれるまま歩き始める。
こんな展開を一体誰が予想出来たというのだろう。
ただ待っているだけで緊張していたのに。これじゃ、このままじゃ、私は一体どうなるの。
どきどき注意報
(心臓がもちません、)
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