「顔にやけてる。」
「ふぇっ!?」

不意に頭上から降ってきた声に、思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。その声が、静かな放課後の図書室という空間に思いの外響いて、慌てて口を塞ぐ。きょろきょろと見渡した周囲には誰もいないことに、ほっと肩を撫で下ろす。窓の外はもう真っ暗で、ここへ来た頃にはまばらにいた他の生徒はもう皆帰ってしまったらしい。

「またそれ見てたの?」

私に声をかけたその人、孝支先輩がくすくす笑いながら指したそれとは、私の手の中にあるケータイだ。少し暗くなった画面に映し出されているのは、三ヶ月程前に二人で撮ったプリクラ。楽しげに笑う孝支先輩と、頬が緩みきった私の顔がくっつくようにして並んでいる。

また、と指摘されたことが、それを見てにやけてしまっていたことが、恥ずかしいような、照れ臭いような、何となく居たたまれないような気持ちになって、曖昧に笑って誤魔化しながら、ケータイの画面をオフにした。もう帰りますよね、と先輩の顔を見られないまま声に出して、あわあわと机の上に広げていたノートやら問題集やらを片付ける。一通り片付け終わって、帰りましょうか、と私が立ち上がったタイミングで差し出された先輩の大きな手のひら。何度も繰り返している筈なのに、まるで当然のように差し出してくれる手が嬉しくて、また頬が緩む。右手を伸ばせば、するりと繋がれた手に引かれるように歩き出す。

友達から幸せそうに見せられる彼氏とのプリクラが羨ましくて、思わず先輩にねだってしまった。快く了承してくれた先輩と撮ったその内の一枚を、気がつくと何度も眺めてしまっている。その度にゆるゆるに頬が緩んでしまって、それを指摘された回数は多分片手で足りない。
また孝支先輩とプリクラを撮りたいけれど、部活や受験勉強できっと忙しい先輩に、これ以上の我が儘は言えなくて。結局たった一度きりのプリクラを眺めては、宝物のように磨いている。

「今度ゲーセンに行こうか。」

唐突な孝支先輩からの申し出に驚いて顔を上げた。にっこりと笑った先輩と目が合って、あれから一度も行ってないだろ?、と先輩が微笑む。

「や、でも、先輩忙しいでしょうし、」
「それくらいの時間は作れるって。」
「でも、」
「またプリクラ撮りたくない?」

顔を覗き込まれてしまって、素直に行きたいと頷けない私は声を詰まらせてしまう。あ、とか、う、とか言葉にならない声を溢してしどろもどろになる私を見て、先輩がくすりと笑った。

「たった一回だけ撮ったプリクラを、これでもかってくらい眺めて幸せそうにしてる名前も可愛いんだけどさ、そろそろ新しく撮るのもいいかなって。」

突然先輩の口から降って沸いた「可愛い」という一言にどきりとして、一人顔を赤くする私に、どう?、と先輩が首を傾げた。恐らく赤い顔のままこくこくと頷いて見せると、じゃあ決まりな、と先輩が楽しそうに笑う。

その横顔をちらりと見上げてから、脳内で先程までの会話を再生してみる。可愛いと言われたことも、次の約束をしてくれたことも、孝支先輩が言ってくれた一言一言が嬉しくて、じわじわと喜びがこみ上げる。そうしてまた頬が緩むと同時に、ふふふ、と笑みが溢れてしまった。

「まーたニヤニヤしてる。」

そんなに嬉しい?、と笑う先輩の笑顔は少しだけ意地悪さを含んでいるけれど、私はお構い無くはい、と頷いて見せる。一瞬驚いたように目を丸くした先輩が、ふいと顔を背けた。

「ああ、もう、何なの、この子。可愛すぎるんだけど。」

右手で口許を塞いで呟いた先輩の耳が、街灯に照らされて少しだけ赤くなっているように見えたのは、私だけの秘密にしておこう。



ラビュー、ラビュー
(愛しくてたまらないんです)