ごめん、仕事でトラブったから、暫く会えそうにない。

たった一言。液晶に映る絵文字も何もない簡潔なメッセージを見た瞬間に湧き上がったのは落胆。次いで、募ったのは心配。寂しさを紛らせるように部活や勉強に励んでも、名前さんに会えない寂しさを消すことは出来なくて、会いたい気持ちと大丈夫だろうかと不安な気持ちが交錯してぐるぐる駆け巡る。会えないと一方的に告げられてからもう三週間経つ。あの言葉通り、彼女と会っていなければ、電話もしていない。ぽつぽつと送りあうメッセージは、なかなか既読がつかないし、返事だって深夜か早朝になってやっとくる程度。名前さんと再会してから今まで、これ程までに連絡が途切れ途切れになったことなどなかった。それだけに、心配と寂しさが募る。

だから、いつもなら事前にする筈の連絡もなしに、彼女の家を訪れてしまったんだと思う。

部活の終わったその足で向かった彼女の部屋の呼び鈴を鳴らしても、部屋の主がドアの向こうから現れることもなく。ドアに背を預けてしゃがみこんだ。彼女に怒られてもいい。今はただ、一目でいいから彼女に会いたい。



「孝支!?」

どれくらいそこで待っていたのか、カツカツと響くヒールの音と共にこちらへ駆け寄ってくる待ち望んだ人の声に顔を上げた。

「おかえり、名前さん。」
「おかえりじゃないよ!何でここにいるの?!っていうか、いつからここにいるの!?」
「えーと、部活終わってそのまま来たから・・・」

ここへ着いたのは何時頃だったろう、と記憶を辿っていると、頭上から呆れたような盛大な溜め息が聞こえた。とりあえず入って、という名前さんの声は少し不機嫌そうで、迷惑だっただろうかと今更になって不安になる。おじゃまします、と呟いて、そろそろと彼女の部屋へと足を踏み入れる。

「カップ麺しかないけどいい?」

うん、と頷いて久しぶりに訪れた彼女の部屋を見渡す。時計の針はもうすぐ0時を越えようとしていて、思った以上に長い時間待っていたらしい。そりゃあ怒るよなあ、と妙に冷静な自分が納得する。暫くして名前さんが準備してくれたカップ麺を二人とも無言で食べきった後も続いた沈黙を破ったのは、名前さんの方だった。

「何で来たの。」
「何でって、会いたかったし、心配だったから。」

いつになく冷たい彼女の声に、内心でたじろぎながら素直にそう告げてから、来ちゃダメだった?、と聞いてみる。ちらりと俺を一瞥すると、額に手を当てて彼女が俯く。

「ダメ、っていうか、会いたくなかった。」
「どうして?」
「・・・。」

珍しく黙りこくってしまった彼女が、彼女らしくない気がして、俯くその顔を覗き込んでみる。

「ねえ、名前さん。俺に何か隠そうとしてない?」

聞いてから、いや違うと思い直す。隠す、というよりは、

「一人で全部背負おうとしないでよ。俺には弱い所も見せてよ。」

俺はそんなに頼りない?

尋ねれば、そうじゃないけど、と名前さんが呟く。

こんな時、名前さんはいつも俺にどうしてくれていただろう。
確か。
彼女は俺の頭を肩へと引き寄せて、大丈夫を繰り返しながら頭を撫でてくれていた。
同じように返したら、名前さんは応えてくれるだろうか。

そう思いながら、そっと彼女の頭へと手を伸ばす。自分の方へと引き寄せれば、すんなりと倒れこむその頭を抱き締めてみる。

「・・・不具合が見つかったんだ。」

納入先にも大きな迷惑をかけて、そのリカバリーのためにこの三週間ずっと休みもなく、早朝から深夜まで仕事をしていたのだ、とぽつぽつと話す名前さんの言葉を黙って聞く。

「孝支に会ったら、ずっと張り詰めてた糸が切れそうで怖かった。だから会いたくなかったのに、」

何でこうなっちゃうかなあ、と呟いた声はまるで自嘲するようで、今にも泣きそうで、それならばいっそ泣いてしまえばいい、と思う。まだ高校生の俺に名前さんの仕事を手伝うことも、その過酷さを慮ることも出来ないけれど、彼女の涙を受け止めるくらいなら出来ると思うし、こうして彼女を抱き締めてその隣にいることなら出来るのだ。仕事に関しては俺に多くを話そうとしないで頑張る彼女に、どんな言葉をかければいいのかも分からない子どもの俺だけど、それでも少しくらいは甘えて欲しいと、俺と一緒にいるときくらいは肩の力を抜いて欲しいと思うのは俺のエゴなのだろうか。

「ねえ、名前さん。名前さんから見れば俺はまだ子どもなんだろうし、頼りないかもしれないけどさ。俺だって名前さんの隣にいて、名前さんが俺にしてくれるように抱き締めることだって出来るんだよ。」

だから、これ以上俺の前で無理してまで強がらないで。
大人で強くてカッコいい名前さんも好きだけど、弱ってる時は弱さも見せて欲しいんだ。

「・・・ありがとう。ごめん、孝支、カッコ悪い大人で、」

ごめんね。

そう呟いた彼女の腕が、俺の背中に回されたのを感じる。ぎゅう、と俺の体を抱き締める名前さんに応えるように、俺も彼女の細い体を抱き締める。

カッコ悪いなんて思ってないよ。
完璧な人間なんていないと、弱さを持たない人間なんていないことが分かる程度には俺は子どもじゃないから。
だからせめて今は、頑張って疲れた体も心も、俺に預けてくれないかな。



Dear fighting woman
(今だけは肩の力抜いて)