ピンポーン、と来客を知らせるチャイムの音に顔をあげた。立ち上がってインターホンへと向かうと、一時間程前に注文したピザが届いたようだ。一緒にレポートをやっていた友人に、行ってくるね、と告げて財布を手に玄関へと向かう。
ドアを開けると、ピザ屋の制服を着たお兄さんが事務的に注文の確認をして商品を手渡してくれる。温かいそれを一旦玄関の上がり框に置いて、会計を済ませようと財布を手に取る。そこから千円札を数枚渡してお釣りを貰うのを待つ。

「久しぶりだな。」

お釣りを用意しながらそう言ったピザ屋のお兄さんの言葉に思わず、お兄さんの手元を見ていた視線を上げた。

「え?」

失礼だとは承知の上でお兄さんの顔を凝視する。見つめてすぐに気がついた。予想もしていなかったその正体にたじろぐ。

どうして。どうして彼がここにいるの。どうして。

お釣りを手渡してくれたお兄さんの手がちょん、と私の手に触れてついその手を引っ込めてしまった。私の手のひらへ乗る筈だった小銭が音を立てて散らばる。

「っ、ご、ごめん!」
「いや、俺の方こそ悪い。」

二人でしゃがみこんで落ちた小銭を拾う。ちらりと盗み見たお兄さんは、確かに彼だ。高一の時同じクラスになって以来、ずっと密かに好きだった人。だけど伝える勇気が無くて、肝心な気持ちは何一つ言えないまま卒業してしまった。
卒業して半年、ようやく少しずつ新しい生活に、彼、澤村君のいない日々に慣れてきたのに。彼への想いをやっと過去の記憶へと変えられ始めたのに。
どうして今頃になってまた現れるの。

「バイト、してるの?」

小銭を拾いながら聞いてみる。ああ、と頷いた澤村君に、知らなかったよ、と今更平静を装って笑ってみる。

「だろうな。女子の一人暮らしじゃ、ピザなんてなかなか頼まないだろうし。」
「いや、これは私一人で食べるんじゃないよ!?今日は大学の友達が来てて、それで、あ、友達っていうのは女の子で、別に彼氏とかそんなんじゃ、」

あわあわと捲し立てていると、澤村君が吹き出した。拾い終わった小銭を今度は落とさないように受け取る。

「何を焦ってるんだよ、名字。俺は何も言ってないだろう?」
「そ、そうなんだけど、」

彼氏がいるとか、一人で食べるとか誤解されたくなかったの。
そう言おうとしたのに、さっきまでの勢いは何処へ行ったのか、唇が空回りする。
それじゃ、と切り出した澤村君が、ありがとうございました、と頭を下げる。ドアを閉めて踵を返す彼の仕草をぼんやりと見つめる。静かにしまったドア。その向こうへと消えた彼の姿。

気がついたらドアを開けて、部屋を飛び出していた。 配達用のバイクへと向かう澤村君の背中を呼び止める。

「澤村君!」

くるりと振り返った彼が、どうした?と静かに尋ねる。心臓がドキドキ早鐘を打つ。微かに震える手を抑えるようにぎゅ、と両手を握り締める。

「…また、っ、また会えるかな!?」

澤村君の目が一瞬大きく見開かれる。そうしてにっこりと笑う。その笑顔が好きだったと、忘れかけていた感情を思い出す。

「いつもこの時間はシフト入ってるから、また頼んでくれれば会えるかもな。」
「じゃあ、また注文する!」
「待ってる。」

まだ仕事あるからまたな、と手を振ってくれた澤村君に手を振り返す。バイクに跨ってエンジン音が響く。去り際にまた手をあげてくれた澤村君の姿が見えなくなるまで見送る。そうしてやっと踵を返す。

どんな理由だって構わない。また彼に会えるならそれでいい。淡くて苦い思い出に変えようとしていた気持ちが、また熱を持って動き出した以上、今度は思い出になんてしたくない。未来へと繋げたい。

だから。

また会えたこの偶然を、運命だなんて言わないから。せめて必然だったと、意味のある再会だったと信じてもいいですか?





delivery
(運ばれてきたのは未完結の恋)