「ねえ、まだ?」
「もうちょっと、もうちょっとだけ待って、」

あと少し。章の終わりまで、とは言わないからせめてこの節だけは読みきりたい。というか、そもそも一緒にいる私などそっちのけで先に雑誌を読み始めたのは国見君の方なのに、自分は早々に読み終わって手持ち無沙汰になったからといって、小説に夢中になっている私に構って欲しいなんて、ズルイ。私だって、折角一緒にいられるのに、構ってもらえなくて寂しかったんだから。少しは私の気持ちを味わったらいいよ。

そんな尖った感情半分、国見君が雑誌を読むならと読み始めた小説が面白くて、続きが気になって仕方ない気持ち半分。というよりは、今は後者の方がすっかり私の意識を占拠している。節まで、と思っていたけれど、やっぱりもう少し、この章の終わりまで読みたい。あわよくば、その続きもこのまま一気に読破した、

「っひゃ!?」

不意に耳に感じた感触に思わず肩が跳ねた。何事かと背後を振り返れば、意地の悪い笑みを口許に浮かべた国見君と目が合う。彼の指はふにふにと私の耳たぶを触っている。

「ちょ、くすぐったいよ、」

くすぐったさに身を捩りながら肩を竦ませても、私の耳に触れる国見君の指が離れていく気配はなくて、つつ、と耳の形を辿るような指の動きに更にくすぐったさが募る。

「ほら、続き読みたいんでしょ?いいよ、俺は勝手にしてるから。」

そうは言われても、彼の指が気になって少しも本に集中できない。それどころか、ふ、と吹きかけられた息にびくりと肩が揺れる。

「ひゃあっ、」
「もしかして耳弱い?」

耳元で囁かれた声に、ふるふると首を振ってみるけれど、それが今の私に出来る精一杯の虚勢であることを多分彼は気付いているだろう。心臓がばくばくと早鐘を打って、顔が熱い。可愛い、と囁かれた声にまた心臓が跳ねて、私はただただぎゅっと目を閉じて耐えることしかできない。

軽く右耳を食まれたような感覚の後に、べろりと耳を舐める舌の感触。

「んんっ、」

思わず漏れた自分のものとは思えない程の甘い声が恥ずかしくて、慌てて両手で口を塞いだ。ぱたん、と読みかけの本が閉じられた音が聞こえたけれど、今はそれどころじゃない。

相変わらず右耳は国見君の唇が触れていて、左耳は彼の指がふにふにと摘んでみたり、撫でるように指先を滑らせている。

「ごめん、我慢できそうにない。」

切なげな声で呟かれた声に何か言う前に、ぐいと後ろを振り向かされると同時に掴まれた両手首。口を覆っていた手を外されて奪われた唇に、言葉も声も失ってしまった。

このまま彼に全てを呑み込まれてしまうのだろうか。
怖くない訳ではない。
でも彼なら。それでもいいと思えるのは、どうしてだろう。



swallowed
(君なら構わない、)