朝、学校へ行く前に立ち寄るコンビニ。早朝のせいか人気の少ない店内を真っ直ぐ迷うことなく歩いて、飲み物と昼食用のパンを手にレジへと向かう。この瞬間が一番ドキドキするようになってから、もうどれくらい経ったのだろう。随分前からそうなのに、未だ何も出来ないまま、月日だけが過ぎている気がする。というか、実際過ぎている。
顔は、多分覚えられている、と思う。毎日同じ時間に通っていながら、覚えられていなかったら正直凹む。から、覚えられていると思うのは、実際はもしかしたら俺の希望的推測でしかないのかもしれない。

今日も何事もなく会計を終えて、レジにいたお姉さんが入れてくれた袋を手に取る。ガサリと音を立てたそれに、今日も何一つ変えられなかったことに何となく空しさを感じてしまうことにも、いつの間にか慣れてしまった。嫌な慣れだと内心自嘲しながら、レジに背中を向けた時だった。

「練習頑張ってね。」
「え?」

背中から聞こえた柔らかな声に、思わず足を止めて振り向いた。レジのお姉さん、「名字」と書かれた名札を胸に付けた女性と目が合う。

「あ、背中のジャージに烏野の排球部って書いてあるから。」

ごめん、もしかして違ったかな、と困ったように笑った彼女に、慌てて首を振ってみせる。

「や、違わないです!」
「良かった。」

今度は安心したような笑顔を浮かべた彼女に、いつもの接客用でない彼女の素顔が見られたようでたまらなく嬉しくなる。嬉しくて、だから、多分調子に乗ってしまったんだと思う。

「あの、名前聞いてもいいですか?」

俺は菅原孝支っていいます。

付け足すように名乗ると、彼女が不思議そうに目を丸くした。その沈黙に、さっきまでのふわふわ浮わついた感情は何処へやら、自分がとんでもないことをしてしまったような、急激に背筋が冷える思いに襲われる。
ただ頑張ってと声をかけてもらっただけなのに、名前教えて下さいなんて、いくらなんでも突っ走り過ぎただろうか。やっぱりもう少し慎重に行くべきだったかな。

「名前です。名字名前。」

ふわりと微笑んで答えてくれた彼女の名前を、口の中で呟いてみる。

「名前さん。」
「はい。」

笑って返事をしてくれた彼女、名前さんの笑顔に今度はさっきまでの不安が消えていく。思いきって聞いてみて良かったなんて、我ながら都合のいい思考をしている。

「また明日、今度は俺から声かけてもいいですか?」

お客さんが他にいなければ、と笑った彼女に俺も笑い返して、再度背中を向ける。ありがとうございました、という声に、小さく振り返って手を振ってみると、名前さんも振り返してくれた手に、思わず頬が緩む。

代わり映えしない毎日に訪れた、小さな変化。その変化に期待してもいいだろうか。


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