どうしよう。足が痺れた。何とかしたいけれど、孝支君の頭が私の太腿の上に乗せられている以上、動かそうにも動かせない。というか、多分この痺れの原因は、私の足を枕代わりに(所謂膝枕というヤツだ)、すやすやと規則正しい寝息を立てている孝支君のせいだ。

お昼ご飯を食べ終わった屋上は、今日は風もなくて、ぽかぽかと太陽の光に照らされて暖かい。満たされたお腹と、受験勉強のための夜更かしで些か寝不足な体は容赦なく眠気を誘う。その誘惑に耐えきれなくなった孝支君は、こうしてお昼寝を満喫している訳だけれども。

私も少し眠りたいなあ、と内心でごちる。午後の授業が始まるまではもう少しある。この痺れがなければ、すぐにでも眠れたかもしれないのに。気持ちよさそうに眠る孝支君が羨ましくて、ほんの少しだけ恨めしい。

いっそ膝を立てて、彼の頭を落としてしまおうか。そんな乱暴な考えが脳裏を過って、いやさすがにそれはやりすぎだろうと否定する。でもどうにかして彼に少しだけ意地悪をしてやりたい。どうせ足が痺れている間は眠りたくとも、眠れやしないのだ。だったら少しだけ腹いせをさせてほしい、と勝手に一人で言い訳を並べる。

絶賛お昼寝を満喫中の孝支君の顔は、改めて見てみると実に整った顔立ちだとしみじみ思う。今は閉じられているその双眸に見つめられるだけで、私の心臓はばくばくと暴れ回って、形のいい唇に触れられるだけで、全身が熱くなる。柔らかな色素の薄い髪も、目元のほくろも、その全てがいつだって私の全てを狂わせる。きっと彼はそんなこと気付いてなどいないのだろうけれど。

まるで吸い込まれるように、眠る彼へと唇を寄せる。孝支君の目元のほくろへと、そっと唇を落とす。瞼、鼻、と順に唇で触れる。唇に触れようとしたその瞬間にぱちりと開かれた孝支君の双眸に、息を飲んだ。ドクンドクンと早鐘を打つ心臓を隠して、慌てて顔を遠ざける。じっと私を見つめるその瞳から逃れたいのに、目を逸らせないのはどうしてだろう。

「お、起きてたの?」
「いや?今起きた。」

そう、と呟いた声は平静を装えていただろうか。どうかこの動揺に気付かれませんように。そう内心で願う声も虚しく、私の太腿の上に頭を乗せたままの孝支君の口元はニヤリと弧を描く。ああ、これは彼が悪戯っこモードに切り替わった時の顔だ。頭の中で警鐘が鳴た所で、私には逃げ場もその術も持ち合わせていない。

す、と伸ばされた孝支君の大きな手が私の頬に触れる。

「続き、してくれないの?」

まるで強請るような甘い声は彼の罠だと、頭の中で冷静な私が警告する。気をつけろ、と言われたって何をどう気をつければいいのか、動揺した私には分からなくて。ただただ微笑む孝支君を見つめることしか出来ない。

焦れたのか、私の頬に触れていた孝支君の手がするりと離れて、私のブレザーの襟を掴む。ぐい、と強引に引き寄せられて、奪われる唇。食むように何度も角度を変えて口付けられる。襟を掴んでいた孝支君の手はいつの間にか私の後頭部へと移動していて、私を逃がすまいと大きな手に押さえ付けられる。ぺろりと下唇を舐められた拍子に開いた唇に割り込む舌。呼吸ごと奪い尽くすような深い口付けに、こんなの昼間から学校でするキスじゃない、と声には出せず頭の中で訴えてみても、孝支君のキスは止む気配はない。

ようやく唇が離れた時には、私はすっかり息が上がってしまっていたのに、孝支君は呼吸一つ乱すことなく余裕な表情で微笑んでいた。

「なあ、名前。人の寝込み襲うのってどんな気分だった?」

にっこり笑った孝支君は多分、私が彼の目元にキスを落とす前から起きていたのだと今更気付いたって、もう何もかもが手遅れなのだろう。

後の祭りとは、こういうことを言うのかもしれない。





眠り姫は多分天使なんかじゃない
(陽だまりの下で微笑む彼が悪魔に見えました)