近所の神社の鳥居をくぐれば、そこはたくさんの人でごった返していて、一瞬やっぱり来なければ良かったという思いが脳裏を過る。普段は自分も含め、神社を訪れることなんかないのに、三が日とお祭りの日だけは多くの人で賑わう。とりあえず、賽銭を待つ人の行列の最後尾に並んでみる。賑わう境内が少しだけ珍しくて、ぐるりと辺りを見渡す。その中にふと甘酒を配っている一角を見つけた。

「コラ、どこ行くんだよ。」

一緒に来ていたクロに右手首を掴まれて、無意識のうちに自分がそちらへ向かおうとしていたことに気付いた。

「甘酒飲みたいなあって。」

だって寒いじゃない。背の高いクロを見上げて言ってみても、彼は後にしろと一蹴するだけで取り合ってはくれなかった。じゃあ後で飲もうね、と笑いかけて約束をとりつける。

「つーかお前、何持ってんの?」

掴んだままの私の右手をクロが持ち上げる。私の右手がぎゅっと握られたままだったことを不思議に思ったらしい。ああ、これ?、と呟いて握っていた手を開いてみせる。手の中には、十円玉が四枚と五円玉が一枚。

「何でこんなに持ってんだよ。」

小銭が余ってたのか?、と意地悪くニヤリと笑うクロに違うよ、と抗議する。

「四重にご縁がありますように、って。」

ふうん、と唸ったクロはさして興味がないらしい。それよりそれ左手で持っとけよ、と言われて素直に小銭を左手に持ちかえれば、するりと右手が指を絡めるように繋がれる。そのままクロが着ているコートのポケットへと押し込まれて、冷えていた手が温もりに包まれる。もしかして手を繋ぎたかったのかな、と考えてこっそりと笑みを零す。

「だって受験本番までもう少しだし、クロの春高だってあるし。神様にきちんとお願いしておかないと。」
「神頼みなんざするより、帰って勉強した方がよっぽど建設的だろ。」
「それはそうだけど。運も実力のうちっていうじゃない。」
「まあな。」

もしも勝敗を決める最後のピースが、物事の顛末を決めるその欠片が神様の采配なのだとしたら、きちんとお願いしておきたいじゃない。去年一年を無事に過ごせたお礼と一緒に、今年もまたお願いしますって。
そんなことを言えば、クロはきっと馬鹿にしたように笑うからそれ以上は言わないけれど。

順番が来て、クロと繋いでいた手を離す。急に外気に冷やされる右手。左手に握っていたお賽銭を投げて、二度お辞儀をする。ぱんぱんと手を叩いて目を閉じる。苦しいことも辛いこともたくさんあったけど、おかげで無事去年を終えることができました。ありがとうございました。今年は、今年こそは春高勝てますように。クロも私も無事大学に合格できますように。それから。

また一礼をして閉じていた目を開ける。すでにお参りを終えていたクロに右手を引かれて、列を抜ける。

「随分長い願い事してたな。」

神様も大変だな、とクロが揶揄するように笑う。

「そうだね。でも仕方ないよ。お願いしたいことはたくさんあるんだもの。」

クロのこと。自分のこと。家族のこと。幸せになって欲しい人はたくさんいて、その分だけ願いはたくさんある。数えればきりがない。その全部のお願いを神様は聞いてくれているのだとしたら、神様はきっとものすごく大変だ。だったらクロの言った通り、神様にお願いするよりも自分に出来ることを出来るだけ足掻いてみる方がいいのかもしれない。

「例えば?」

クロに尋ねられて、どれを答えようか迷う。迷って、バレーのことや受験のことは既に話したなと気付く。多分、クロはそれ以外の回答を待っている気がする。

「今年もクロの隣にいられますようにって。」

恥ずかしいのを堪えて、口に出してみる。クロはくだらないって笑うだろうか。そんなこと、って呆れるのだろうか。それでも私は、この場所を手放したくなくて、ずっとこの場所にいたいと願わずにはいられないのだ。

なんだ、と呟いたクロがくつくつと喉で笑う。
やっぱり笑われた。それが悔しくて、面白くなくて俯く。彼はやっぱりこういう人なのだと冷めた私が、微かでも期待して落ち込む私を嘲笑う。

「そんなこと神頼みしなくたって、」

不意にクロの顔が近付く。頤を持ち上げられて、一瞬だけ触れて離れた唇。耳元で響く低く甘い声。

「俺が手放してやるつもりねえから安心しろよ。」

顔が熱い。甘酒飲むんだろ、と私の手を引いて歩くクロの横顔は酷く楽しそうで、動揺しているのは私だけらしい。

狡い。ズルイ、ズルイ、ズルイ。何度内心で文句を言ってみたって、クロには当然聞こえる筈もなくて。多分声に出して言ったって、クロは大して気にすることなく意地悪く笑うだけなのだ。やっぱり私はクロには勝てない。
もしかしたらこの世界は、私はクロに敵わないように出来ているのかもしれない。そんな世界なら壊してしまいたいと思う反面で、クロの手のひらで踊るこの世界はそれはそれで悪くないかもしれないと、思ってしまう程度には私はきっとクロに惹かれているのだろう。





神様は誰?
(この世界を作ったのは果たして誰でしょう?)