「楽しいーッ!」
遊園地のベンチに腰掛けて思い切り伸びをする。売店でジュースを買ってきてくれたスガくんがよかった、と隣で微笑む。ごくごくとジュースを流し込めば、自分が思っていた以上に喉が渇いていたことに気付く。次から次へと絶叫マシンを乗り継いで、ひたすら叫んで笑ったのだ。喉が渇いていて当然か、と一人納得する。
「次はどうする?」
スガくんの言葉にううん、と悩む。辺りはもう日が暮れ始めていて、バッグから取り出したケータイで時間を確認すれば予想通り閉園時間まで残り僅かだ。
「時間的に次のが最後かな。」
同じように時間を確認したスガくんが呟く。そうだね、と頷いてぐるりと周囲を見渡す。今日は朝から来たから、大抵のものは乗った気がする。その中からどれか気に入ったものにもう一度乗ろうか、それとも。
ふと、大きな観覧車が目に入った。
「あれ、乗りたい。」
ほとんど無意識でそう呟いて指さしたのは、観覧車を視界に映したのとほぼ同時だった。スガくんが立ち上がる気配がする。彼を見上げると、行こうか、と笑いかけてくれる。その笑顔をあと何度見られるのだろうと考えて胸がちくりと痛む。俯きかけて、慌てて頭を振る。
駄目。今日は何も考えないって決めたじゃない。とことん残りの時間を楽しむんだって。全部刻みつけるって。そう決めたでしょう。
自分に言い聞かせると、残りのジュースを一気に飲み干してから、何でもないふりをして立ち上がる。
「うん、行こう!」
頷いた私は上手く笑えていただろうか。
ゆっくりと回る観覧車にスガくんと二人で乗り込む。向かい合って座って、少しずつ高くなるゴンドラからの景色を見下ろす。夕焼けで茜色に染まるこの景色を見ることはもうきっとないのだろうと考えて、また胸が痛む。ああ、観覧車なんてやっぱりやめておけばよかったと今更になって後悔する。考えないって決めたのに、夕陽が射すこの静かな空間は私の思考をセンチメンタルにさせる。
「スガくん。今日は付き合わせちゃってごめんね。」
ただの友達なのに。少しだけ仲がいいクラスメイト。私の一方的な片思い。それだけの関係なのに、スガくんはいともあっさりと、それも快く私の誘いを受けてくれた。だから今日、今こうしていられる。そのことにどれだけ感謝しても私はきっと感謝しきれない。
「謝るなって。俺も楽しかったしさ。」
名字が誘ってくれて嬉しかったよ。
その言葉に思わず涙が溢れそうになる。そんな風に笑ってくれるスガくんの笑顔をもう見られないなんて。その声を聞けないなんて。考えただけで苦しくなる。何も言わずにさよならするつもりだったのに、我が儘を言いたくなる。その笑顔に、スガくんの優しさに縋りたくなる。さよならなんてしたくないって、告げてしまいそう。
「私ね、転校するの。」
「え?」
「お父さんの仕事の都合で、東京に行くの。」
「いつ?」
明日、と答えれば、スガくんが小さく息を飲む気配がした。スガくんの整った顔が苦しそうに歪む。
ごめんね。そんな顔をさせたくなかったの。だから何も言わずに姿を消すつもりだったのに。スガくんがやさしいから、私に笑ってくれるから、甘えたくなってしまったの。私のためにスガくんがそんな顔をしてくれることが、まるで私を想ってくれているようで嬉しい、なんて歪んでるのかな。
「だから最後にスガくんとデートしてみたかったの。スガくんを独り占めしたかった。」
その笑顔を、声を、目に、耳に焼き付けたかった。私の中に全部を刻みつけて、そうして思い出にしたかった。
「どうしてもっと早く言ってくれなかったの?」
「スガくんにそんな顔させたくなかった。湿っぽいのなんて嫌だったの。」
結局言っちゃったんだけどね。苦笑いを浮かべて、スガくんから目線を外す。ゴンドラは随分高い所まで来ているようで、外の景色が小さく見える。
「 名字がいなくなったら寂しいに決まってるだろ。」
うん。
その言葉だけで私は嬉しいよ。スガくんにそう言ってもらえるだけで私はきっと幸せ。
「もっと色々なこと話したかったし、もっといっぱい一緒にいて、一緒にたくさん笑いたかった。バレーだって 名字に応援して欲しかった。」
私も。スガくんともっとたくさん話してみたかった。くだらないことで一緒に笑って、そうやって卒業まで過ごしていたかった。バレーだって、ずっと近くで応援していたかった。
だけど、どんなに願ったって、もうそれは叶わないんだよ。そんな日々はもう消えてしまうの。
「俺は 名字のことが、」
勢いよく立ち上がってスガくんに近付く。ガタン、とゴンドラが揺れる。スガくんの肩に手を置いて、彼の唇を自分のそれで塞いだ。
「お願い、それ以上言わないで。」
さよならできなくなっちゃう。
唇を離して至近距離で呟く。ぽたり、と滴がスガくんの頬に落ちる。スガくんの大きな手が私の頬に触れる。そうして私の目に滲む涙を拭う。
「じゃあ続きはまた会う日までとっておくよ。」
スガくんがふわりと笑う。笑ってくれている筈なのに、それがまるで泣いているように見えて切なくなる。
待ってる。呟いて無理矢理笑顔を作れば、今度はスガくんから重ねられる唇。結局私は涙を堪えられなくて、ただ泣きながらそれを受け止めることしか出来なかった。
last day
(約束で未来を繋いで)
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