予め決めておいた待ち合わせ場所で、名前が来るのを待つ。浜辺を行き交う人達を眺めながら、彼女が来るのを待つ間に持参してきていた浮き輪に空気を入れて膨らませる。少しずつ膨らんで形を成していくその様が、不意に何となく彼女を待ち侘びる自分のように見えて、内心で苦笑した。

名前はどんな水着を着てくるのだろう。今日のために友達と買いに行ったとはしゃいでいたけれど、結局どんなのを買ったのかは、今日までのお楽しみだと言って教えてくれなかった。きっと名前が選んだものだから可愛いのだろう。早く来ないかなあ。

浮き輪が膨らむように、待ち遠しく楽しみな気持ちが膨らむ。

「スガくん!」

自分を呼ぶ愛しい声に振り向く。笑顔で駆け寄ってくる名前の姿に顔が綻ぶ。

「お待たせ!ごめんね、更衣室混んでて遅くなっちゃった。」
「大丈夫。」

笑いかければ、名前がほっとしたように笑う。彼女の白い肌に映える色鮮やかな花柄のビキニ。いつもは下ろしている髪はポニーテールになっていて、名前が動く度に彼女の後ろで髪がゆらゆら揺れる。

「どう、かな?」

俺の視線を感じたのか、名前が少し不安そうに俯く。まじまじと上から下まで見てしまってから、目のやり場に困って慌てて顔を背けた。

「うん。似合ってるよ。」

可愛いと素直に褒めれば、名前が嬉しそうによかったと笑う。うん。可愛い。すごくよく似合ってると思うんだけど。でも。

自分が着ていたパーカーを脱いで、彼女の肩にかける。不思議そうに俺を見上げるその仕草さえ、破滅的に可愛く見えるのは、海というこの場所がそうさせるのかなとか馬鹿げたことを考える。

「スガくん?」
「それ、着てて。」
「どうして?」
「…虫よけ、かな。」
「海って蚊とかいたっけ?」

首を傾げた名前に笑みを零す。
蚊みたいに叩き潰せたらいいんだけどね。呟いた言葉の意味が掴めていないままの名前の手を取って歩き出す。

「行こっか。」





ばしゃばしゃと水をかけあってみたり、二人して本気で泳いでみたり、浮き輪でまったり浮かんでみたり。一日はしゃいだ気だるさに包まれながら、砂浜に敷いたレジャーシートの上に名前と並んで座る。昼間は暑いから脱ぎたいと文句を言っていたパーカーは、今は文句も言わず黙って名前が着ている。少しずつ日が傾くと同時に僅かに下がる気温。濡れた体には時折吹く風がほんの少しだけ肌寒くて、少しファスナーを閉めたパーカーから覗く健康的な生足がやらしく見えて目をそらす。これはこれで困りものだなあ、と内心でため息を吐いた俺は多分邪心の塊なのだろう。

「楽しかったね。」

そんな俺の気持ちなんて露知らず、名前が無邪気に笑って俺を見上げる。そうだね、と頷けば、また来たいねと名前が笑う。

「綺麗だねえ。」

水平線の向こうにゆっくりとしたスピードで沈んでいく夕陽。暖かなオレンジに照らされた名前の横顔を見つめてみる。
その横顔の綺麗さに息を飲む。この横顔をまた見たいと思った。来年も、再来年も。何度だってこの場所で見たいと思う。

「名前。」

名前を呼べば、何?と俺を振り向いた彼女に、小指を差し出す。

「来年もまた来よう。再来年も、その先もずっと。何度だってまた来ような。」

一瞬驚いたように名前が目を丸くする。そうして嬉しそうに破顔する。

「うん。約束。」

彼女の細くて小さな小指が俺のそれに絡められる。指切りをして離れた指の代わりに、彼女の手を握る。

「帰ろうか。」

微笑みかけて立ち上がると同時に、名前の体を抱きしめる。潮騒の音が少しだけ遠くに聞こえた気がした。





潮の香りの約束
(来年もまたこの場所で、)