痛い。どこが痛いって腹が痛い。何とも形容し難い痛みは多分、女の子にしか理解は得られないだろうし、それをわざわざ誰かに大声で言うつもりなんて毛頭ないのだけれど。こんなに痛むなら、昼食の時に薬を飲んでおけば良かった。とは言っても、その時はそれ程痛くなかったし、今頃になってこんなに痛むなんて予想もしていなかったから、しても仕方ない後悔なんだろうけれど、後悔せずにいられないこの痛みは一体どうしたものか。

「名字?どうした?」

隣でテレビを見ていたスガさんが、目敏く私の異変に気が付いて、顔を覗きこんでくる。こんな時はその目敏さが少々憎らしく思えてしまう自分は、相当余裕が無いらしい。

「いえ、何でもないですよ。」

痛みを堪えて、へらりと笑ってみせる。理由を言えない訳ではないけれど(そもそもそれくらいのことで恥ずかしがる質でもない)、痛いと訴えることで、スガさんに心配かけたくない。折角スガさんの部屋で二人きりで過ごしているのに、体調悪いなら送ってくとか言われた日には、立ち直れる気がしない。

「全然何でもないって顔してないけど?」

顔引き攣ってるぞー、とスガさんに両頬を引っ張られる。

「いひゃいいひゃい、いひゃいれふって、」
「何言ってるか分かんねー。」

くつくつとスガさんが笑う。ぱっと離された頬をさすりながらスガさんを睨んでみても、効果はないらしい。で?、と尚も引き下がる様子のないスガさんに、どうしようかと迷う。帰れって言われるの覚悟で正直に白状するか、何でもないフリを貫き通すか。迷っている間にも腹は痛んで、つい顔が歪む。痛む腹を堪らえるように押さえる。

「もしかしてどっか具合悪い?だったら送ってくから、」
「うわあああ!それだけは嫌ですううう!」

スガさんが膝を立てて、立ち上がろうとする。考えるよりも先に、気が付いたらそのシャツを掴んでいた。こんな時でも抜群の自分の反射が憎い。ここまできたらもう選択肢なんて一つしか残されていないじゃないか。それにしても本当に今日は痛いな、ちくしょうめ。いつもはここまで痛くなんかないのに、何で今日に限って。

「まっ、待って下さい。帰るのだけは、ホント、ホント、勘弁して下さいいいい。」

訴える声はいつになく情けない。それでもいい。スガさんを引き止められるなら、帰らずに済むのならどんなに情けなくたっていい。正直に白状したっていい。

その場に座り直したスガさんが心配そうに私を見つめる。

「でも名字、具合悪いんだろ?」
「大丈夫です。」
「さっきからお腹痛そうに押さえてるじゃん。」

お腹を押さえたままだった手を指さされて、今はもう平気だと押し切ろうかと一瞬考えてやめた。これ以上何を足掻くというのか。腹が痛いことはもうバレているのだから、心配かけたくない云々などと言っている次元じゃない。

「実は今日生理でしてですね。腹が痛いのはそのせいなのでございます。」

変な日本語になっているとは重々承知で白状すれば、スガさんは大きく息を吐き出した。着ていたジャージの上着を脱いだかと思えば、最初にそうしていたように、ベッドにもたれてスガさんが座る。ただぼうっとその一部始終を見ていると、スガさんが自分の足の間をぽんぽんと叩く。

「名字、おいで。」

手招きされても、どうしたらいいものか躊躇していると、焦れたようにスガさんに腕を引かれた。スガさんに後ろから抱きしめられるような体勢になる。ぱさり、と先程スガさんが脱いだジャージがお腹にかけられた。

「名字も女の子なんだから、お腹冷やしたらダメだろ。」
「スミマセン…。」
「あとは?どうしたら少しは楽になる?」

肩越しに見つめられて、その距離の近さに思わず心臓がドキリと跳ねる。普通に抱きしめられたりするより緊張するのはどうしてだろう。もう何度もハグだってキスだってしてるのに。それ以上のことだって経験がない訳じゃないのに、未だに緊張するなんて。

「名字?」
「えっ?あ、ハイ、えと、あのですね、」
「うん。」

ドキドキするのを誤魔化すように、スガさんから目をそらす。代わりに俯いて痛む腹を見つめる。

「こう、平仮名の"の"の字を書くみたいに撫でると、少し楽、です。」

自分の右手で二、三回腹を撫でてみせる。なるほど、と呟いたスガさんの右手が後ろから伸びてきて、そっと私の腹部に触れる。

「こんな感じ?」

ゆっくりと撫でる手は優しい。最初は少し擽ったかったのが、すぐに心地良さに変わる。

「はい。スガさんの手あったかいですね。」

気持ちいいです。
うっかり振り返ってしまってから、しまったと後悔する。その距離の近さにドキリとしたのはついさっきなのに、どうしてこうも学習しないのだろう。ぎくりと固まった私の顔に、スガさんの顔が近付く。唇が一瞬だけ触れてすぐに離れる。にっこりと微笑んだスガさんの顔が私の左肩に乗せられる。

「今日はこうやってまったりしてようなー。」
「はい。」

背中越しに感じるスガさんの体温も、ゆっくりと腹を撫でる手も、時折首筋に感じるスガさんの吐息も、全部が心地いい。不快でしかなかった痛みまでもが、愛おしさに変わっていくような錯覚。スガさんといると何もかもが悪くないような、そんな気になるから不思議だと思う。





change the world
(憂鬱な痛みをも君が変えてしまうんだ)