どうしよう。早く眠らなきゃと思うのに、そう思えば思うほど目は冴える。ごろり、ともう今日何度目かも分からない寝返りを打つ。階下から聞こえる両親が言い争う声。聞きたくない。聞きたくない。早く寝てしまいたい。それなのに眠れない。

布団を頭から被って、両手で耳を塞ぐ。ぎゅ、と強く目を閉じる。それでも微かに聞こえる声に涙が出そうになる。
早く。早く、寝てしまえ。そうすれば何も聞こえなくなる。何も聞かずにすむ。寝てしまいたいという私の意思とは裏腹に、冴え返る目が憎い。クリアなままの思考が恨めしい。

もう一度寝返りを打つ。閉じていた目を開けてみる。暗闇の中でも分かる見慣れた自分の部屋。物心ついた頃からほとんど変わらない部屋。その部屋の窓を視界に捉えた瞬間には、もう枕元のケータイを手にとっていた。「眠れない」とだけ書いて送信する。窓の向こう、私の部屋の向かいの部屋にいるだろう幼馴染みからの返信を、ケータイを握り締めて待つ。どうか。どうか、気付いて。

手の中のケータイが震える。「今行く」とだけ綴られたメッセージ。ベッドから起き出して窓へと向かう。カーテンを開けて窓を開ける。ベランダへと出れば、既に幼馴染みの孝支は彼の部屋のベランダへ出ていて、私と目が合うなり、器用に私の部屋へと飛び移った。
私と孝支の部屋は向かいあっていて、互いに手を伸ばせば届きそうな程の距離。幼い頃は何度こうして互いの部屋を行き来しあっただろう。高校生になった今は、ほとんどしなくなったけれど、それでも私が助けて欲しい時はいつだって、孝支は側に来てくれる。
正直、その優しさにいつまで甘えられるだろうと思うと、不安になる時もある。

何も言わずに私の部屋へと足を踏み入れた孝支が、後ろ手に窓を閉めて、私を部屋の中へとそっと誘導する。その手に導かれるままにのろのろとベッドへと再び潜りこめば、カーテンを閉めた孝支も私の隣へと入ってくる。

未だ言い争う両親の声に、思わず孝支のシャツを掴んで握り締めた。孝支の胸へと頭を引き寄せられて、大きな手が私の耳を塞ぐ。

「大丈夫。大丈夫。」

子どもをあやすように、何度もゆっくりと繰り返される「大丈夫」という言葉。握り締めたシャツ越しに感じる孝支の少し早い鼓動。胸元に寄せた額から感じる体温。それらを一つずつゆっくりと飲み込んで、ようやく少しずつ強ばっていた体の力が抜けていく。ついさっきまではぱっちり冴えていた筈の目は、ゆるゆると瞬きを繰り返す。クリアだった思考は段々と遠く濁っていく。

「大丈夫。このまま寝ちゃいな。」

孝支の低く優しい声が脳の活動停止スイッチを押したみたいに、眠気を誘う。

「そろそろ俺の理性も限界かもなあ。」

微睡みの中で意識を手放す瞬間、聞こえた気がした孝支の言葉の意味を聞くのは明日の朝にしよう。





夢へと誘う(いざなう)は君の声
(こんな日はどうか側にいて)