ぎゅ、と絡めるように繋いだ左手。少し水面から浮かせるように足を動かせば、ぱしゃりとお湯がはねる。

「気持ちいいねえ。」
「だなあ。」

温泉街を並んで歩いていた時に見つけた足湯。折角来たんだし、と外湯を巡るのも楽しいけれど、これはこれで気持ちがいいし、楽しい。

「お風呂は別々になっちゃうからちょっと寂しいけど、これだったら一緒に楽しめるね。」
「そうだなあ。あ、じゃあ、今度行く時は部屋付き露天風呂がある所とか、貸切風呂がある所にしようか。」
「いいね、そ、」

いいね、それ、と孝支の提案に頷きかけて、言葉を詰まらせた。部屋付きとか貸切とか、それって、一緒に入るってことじゃあ。考えただけで恥ずかしくて、顔が火照る。ただでさえ足湯で体が温まっているのに。

「どうした?」

不思議そうな顔で孝支が私の顔を覗きこむ。もしかしてのぼせた?、と聞く孝支の言葉にぶんぶんと首を左右に振る。どうしよう、と逡巡した挙句、結局おずおずと口を開いた。

「…そ、れ、ってさ、一緒に入るってこと、だよね?」
「嫌?」
「嫌っていうか、恥ずかしいなあって。」

だってつまりは明るい所で孝支に裸を見られるということで。そんなことは未だかつてしたことが無いから、想像しただけで恥ずかしい。あああ。顔が熱い。どうしよう。私今絶対顔赤い。

「今更?名前の体なんてもう何度も見てるのに。」

からからと孝支は笑う。

そうだけど。でもそうじゃないんだってば。この複雑な乙女心ってヤツが孝支には分からないのだろうか。私は何度孝支と体を重ねたって慣れなくて恥ずかしいのに。その上一緒にお風呂に入るなんて、今の私にはハードルが高すぎるのですよ。その辺りどうか御理解頂けませんかね、孝支サン。

頭の中であれこれ言い訳した所で、それが孝支に伝わる筈もなく。楽しそうに笑っていた孝支が、じゃあさ、と呟いて私の耳へと唇を寄せた。
たったそれだけのことで心臓がドクンと大きく脈を打つ程度には、私はまだ色々なことが不慣れで、孝支の一挙一動に翻弄されている。

「今日は明るいままでしようか?」

そうしたら少しは慣れるかもしれないだろ?

「ッ!?」

耳打ちされた甘い声に、顔が一気に上気する。何かを訴えたいのに、抗議したいのに、口はぱくぱくと空回りするばかりで何一つとして言葉にならない。孝支を見上げてみても、彼はまるで悪戯っこのような悪い笑顔で私を見つめるだけ。まるで私の反応を楽しんでいるかのようで悔しいのに、孝支に対抗する術も言葉もパニックを起こした頭では見つけられる筈もなくて。

ただ孝支の声が麻薬か何かのように何度も頭のなかでリフレインする。そうして、私の思考回路を麻痺させて正常な思考を奪い去る。

「そろそろ戻ろうか。夕飯の時間近いし。」

孝支に促されるまま頷いて、タオルで足を拭いて立ち上がる。当然のように繋がれた手に引かれて、旅館までのもと来た道を歩く。
見慣れない浴衣から覗く孝支の首筋に、鎖骨につい視線がいってしまって、その色っぽさに心臓がまたバクバク騒ぎ始めたのは、さっきの孝支の言葉が未だ私の脳内で反芻され続けているせいだ。それほどまでに孝支の言葉の、声の破壊力は私にとっては絶大で、孝支本人が知ってか知らずか、確実に私の思考を壊す。時には理性までもが破壊されてしまうのだから、本当に麻薬のようだ。

だって、ほら。

考えただけで恥ずかしくてたまらないのに、あんなたった一言に煽られて、心も体も疼いてるんだから、もうどうしようもない。





dope
(君の言葉が僕を破壊する)