ケータイの画面に表示された写真をぼんやりと眺める。緊張でひきつった笑顔を浮かべる私と、爽やかに微笑む菅原君が顔を並べている。まさかこんな風に写真を撮れるなんて考えてもいなかったから、一ヶ月以上経った今でもまるで夢のよう。もしかして夢だったんじゃ、と思う度にこの画像を開いては夢じゃなかったのだと認識する。

菅原君とはあれからぽつぽつとLINEでやり取りをするようになった。内容は至って何でもないことばかりで、大学やバイト先でどんなことがあったとか、どんな本を読んだとか、何を食べたとか。そんな何気ない会話でも、高校時代は声をかけることすら出来なかった私からすれば、大きな進歩だ。…その進歩を手伝ってくれたのは、他でもない菅原君なのだけれども。

後期試験も無事に終わった長い春休みの今では、一人でのんびり過ごす時間が増えた。大好きな読書に時間を当てる傍らで、こうしてあの日の写真を眺める時間も増えたような気がする。そうしてまた会いたいなあ、なんて欲を出す一方で、誘う勇気もなければ、何をどうやって誘えばいいんだろう、と一人躊躇する。ずっと菅原君を見ているだけの片思いするばかりで、ろくに恋愛経験というものが無い私には、誘う術さえも分からない。女友達なら気兼ねなく誘えるのに、どうして好きな人に変わるだけで出来なくなってしまうのだろう。もう少し経験があれば、こんな風に躊躇うこともなかったのだろうか。

不意にケータイの画面が、あの日の写真から着信画面へと切り替わる。音を立てて着信を告げるケータイが映す画面には「菅原孝支」の文字が表示されていて、思わずケータイを落としそうになる。何とか落下は回避出来たものの、未だ鳴り続けるケータイにどうしたらいいのか分からず、一人きょろきょろと辺りを見渡してしまう。一人暮らしの部屋には当然私以外誰もいる筈がなくて、意を決して通話に切り替える。
ごくり、と生唾を飲み込む。

「っひゃい、名字であります!」

震える手で電話に出た第一声は、自分でも分かる程酷く間抜けだった。電話の向こうで菅原君が吹き出す気配がする。くつくつと喉で笑う菅原君の声を電話越しに聞きながら、恥ずかしさで今にも消えたい衝動にかられる。

だって菅原君と電話するなんて初めてだし、突然電話なんてかかってきたら緊張するに決まってるじゃない。だからさっきのは仕方ないんだってば。
一人内心で言い訳を並べてみても、緊張が解ける訳でもなければ、菅原君が笑い止むことはなくて。どうしたものか、と戸惑う。

「あ、あの、」
「ああ、うん、ごめん。菅原だけど。」

未だ笑いながら菅原君がご丁寧にも名乗ってくれる。

「ごめん、あまりにも名字さんの反応が可愛かったから。」

可愛い。
その一言にバカ正直に反応して、思わず顔を赤面させる。どうしてこの人はこうも簡単に可愛いとか言ってくれるんだろう。それも私なんかに。菅原君のことだから、きっと誰にでも言えちゃうのかな。それって何だか嫌だな、なんて場違いな嫉妬までが脳裏を過る。

ようやく笑い終えたらしい菅原君に「今大丈夫?」と聞かれて、うん、と頷く。その声はさっきみたいに上擦っていたりも、間抜けでもなくて、普通に近いトーンで返せたことに内心で安堵する。

「急で悪いんだけど、今日の夜って空いてたりしないかな?」

大地と急遽鍋することになったんだけど、良かったら名字さんもどうかな?

突然のお誘いに思わず、返答に詰まってしまった。行きたい。でも私が行っていいのかな。澤村君とだって、それほど話したことがある訳じゃないのに。最近になってやっと少しだけ菅原君と仲良くなれた(と思うのは私の自惚れかな)だけの私が。

「…えっ、と、いい、の?私が行って。」
「勿論。誘ってるのは俺なんだから。来てくれたりしたら俺が嬉しいなあ、なんて。」

少し照れくさそうな声で菅原君が電話の向こうで笑う。その声に、私がお邪魔していいものか、という不安が絆されていく。

「あ、無理にとは言わないから。用事があるとかだったいいし。」
「ううん!行きたい、です。」

咄嗟にそう答えていた。良かった、と言った菅原君の顔は、成人式のあの日写真を撮ろうと言ってくれたあの時と同じ顔をしているのかなと思うと、何だかくすぐったい気持ちになる。
集合時間と場所を告げて、またあとで、と切れたケータイをぼんやりと見つめる。そうしてじわじわと言いようのない喜びと実感が込み上げてくる。自然と緩む頬。これから菅原君と会えるのだ。それも一緒に食事なんて。想像しただけでたまらなく嬉しい。

近くに置いてあったお気に入りのクッションを胸に抱き抱えて、ごろんとカーペットの上に横になる。溢れる喜びを抑えきれなくて、手足をじたばたとさせる。そうしてふと時計が視界に映って、はたと現実に返る。

何着ていこう。まさか部屋着で行く訳にも行かないし、やっぱりスカートがいいかな。いやでもスカートなんて気合い入ってるように見えちゃうかな。無難にショートパンツとかの方がいいのかな。でも、折角だし可愛い格好を見て貰いたいような。

ああ、どうしよう。
移動したり手土産買ったりする時間を考えると、集合時間までは思ったよりも時間は残っていなさそうだ。




躊躇いの二歩目
(経験不足が故)