朝早く起きて、ヘアメイクや着付けを施してもらった見慣れない振り袖姿の自分は、思ったよりも全然子供だと思う。二十歳になれば自然に大人になれるのだと漠然と思っていたし、少なくとも高校生の時に見た大学生はとても大人に見えた。けれども、いざ自分が二十歳になって成人式というこの日を迎えても、何かが変わったような気はしない。よくよく考えてみれば、ある日突然大人になんてなれる訳がないのに。どうして二十歳になれば大人になれるなんて考えていたんだろう。

久しぶりに会う友達と懐かしんではしゃぐその一方で、人混みの向こうにいる彼をちらちらと盗み見る。楽しそうに笑う横顔は、数年前に同じ教室で見ていたものよりも少しだけ大人びていて格好いい。ネクタイをきっちりと締めたスーツ姿はとても様になっているし、ただ目で追いかけるだけだったあの頃よりもずっと格好よくなっていて、益々声をかける勇気を無くしてしまう。

見つめていたら、私の視線に気付いてくれたりしないかな。それで、久しぶり、って声かけて貰えたりしないかな。
相変わらず消極的な願望ばかりがぽつぽつと浮かんでは消えていく。いっそのこと自分から声をかけてしまえばいいのに、と思うのに出来ない自分はやっぱり何も変わっていない。

式が始まる前にお手洗いに行ってくる、と言って姿を消した友人を待つ間にも、彼、菅原君を視線で追いかける。ケータイをいじりながら、時折見つめる菅原君は、変わらず澤村君たちと笑いあっていて、私の視線になんて到底気付く気配はない。どうせ気付かれないのだから、と数年振りに見る彼の姿をしっかりこの目に焼き付けることにしようと開き直ってみる。きっと今日が終わればまた会えなくなる。そうしていつかこの片想いだって懐かしい記憶に変わっていく。それは寂しいけれど、自分から声をかける勇気が無い以上は、仕方がない。自業自得というやつだ。

不意にぱちり、と菅原君と目が合って心臓がドクンと脈を打つ。慌てて目を逸らす。心臓の音がばくばくと響いて煩い。見つめすぎたかな。気付かれてしまっただろうか。いやでももしかしたら私の勘違いかも。目が合った気がしただけで、本当は私じゃない違う誰かを見たのかも。きっとそうだ。そうに違いない。

「名字さん。」

名前を呼ばれてびくりと肩が跳ねた。おずおずと顔を上げれば、私の正面にはついさっきまで見つめていたその人、菅原君が立っていて焦る。

「久しぶり。」
「っ、ひ、久しぶり、です、」

まさか私に向けられるとは思っていなかった笑顔が目前にあって、動揺を隠せない。対する菅原君はにこにこと当時と変わらない笑みを浮かべていて、やっぱり格好いい、と内心で惚けてしまう。

「似合ってるね、その髪も振り袖も。可愛いよ。」
「へっ!?」

さらりと褒められて一気に顔が熱くなる。お礼を言う余裕さえ無い私は、菅原君を褒め返すこともできずにただおろおろとするばかり。

「い、いや、可愛いなんて、そんな、全然、」
「そんなことないよ。俺は可愛いと思うよ。」

だからそんなにストレートに褒めないで欲しい。そんな笑顔で可愛いなんて言われたら期待してしまいそうになる。もしかしたら、なんて勝手に一人で期待して舞い上がって傷付くなんて、そんなの痛いじゃない。

「す、菅原君も似合ってる、ね。」

格好いい、と言いたかったけれど、さすがにその一言を言う勇気はなかった。似合ってる、それが今の私の精一杯だなんて。

「そうかな?スーツなんてまだ全然着なれてないから、正直着られてるって感じだよ。」

はは、と笑う菅原君はやっぱり格好よくて、首を振ってみせることでしか伝えられない自分がもどかしい。折角こうして声をかけてくれてるのだから、素直に言ってしまえばいいのに。

「ね、写真撮ろうよ。」
「え!?」
「あ、イヤだった?」

嫌だなんてとんでもない。むしろ願ってもない提案で、私としてはこの上なく嬉しいのだけれど、思ってもみなかった展開に戸惑う。友達同士では朝からバシバシと写真を撮りあっていたけれど、まさか菅原君と撮ることになるなんて。

「イヤ、じゃない、です。」

ぽつりと呟くと、良かったと微笑んだ菅原君がスーツのポケットからケータイを取り出して、私の横に並ぶ。ケータイを構えた菅原君が私の身長に合わせるように腰を屈めてくれる。かつて無い程に近付いた菅原君の顔に、心臓が暴れだす。破裂しそうな程の勢いで脈を打つ心臓に、頭が沸騰してしまいそう。緊張で倒れそうな私なんて気付く様子もなく、菅原君は「じゃあいくよー。」と楽しげな声で促す。

「はい、チーズ。」

ぱしゃり、とシャッター音が鳴って菅原君の顔が離れていく。そうしてやっとほんの少しだけ緊張から解放される。

「よし、撮れてる。折角撮ったし、名字さんにも送るよ、これ。」

だから連絡先教えて?
そう笑った菅原君の言葉に、私はまたあたふたとする。手に持ったままだったケータイを取り落としそうになりながら、緊張で微かに震える手で操作して菅原君と連絡先の交換をする。そうして送られてきた先程撮った写真に写る私は、酷く緊張しているのが丸分かりで笑顔がひきつっている。こんな写真を残すのは何だか恥ずかしいけれど、菅原君と初めて一緒に撮った写真であることにかわりはないから、きっと後生大事にするのだろう。

「でもやっぱ自分で撮ると折角の振り袖が写らないなー。」

キレイなのに、と呟いた菅原君の眉は残念そうに少しだけ下がっていて、この人は一体どこまで私をドキドキさせるのだろうか、といっそ睨みたくなってしまう。

「大地たち呼んでもう一回撮ってもらおっか。」

私の返事を聞くよりも早く、菅原君は既に電話をかけていて何やら話している。電話の相手は澤村君のようで本当にもう一度撮ってもらうつもりらしい。
急に手持ち無沙汰になって、手の中のケータイを見つめてみる。あれよあれよという間に登録された、菅原君の連絡先。私一人だけが緊張した顔つきの初めての写真。

手にすることなどないと思っていたものが、今自分の手の中にあって、不思議な気持ちと嬉しい気持ちがぐるぐると私の中で渦巻く。



二十歳になったって、急に大人になんてなれる訳じゃない。変われる訳じゃない。
だけど、少しずつならもしかしたら変われるのかもしれない。ほんの少しだけ勇気を出したら、何か変わるかな?





はじめの一歩
(君が勇気をくれたから)